そうそうたるメンバーが名を連ねる1988年生まれの世代。そのトップランナーである田中将大(現ヤンキース)擁する駒大苫小牧を甲子園決勝で下したのが早実だった。当時、「五番・左翼」としてエース・斎藤佑樹(現日本ハム)を支えた船橋悠が、あの夏、そして同世代の仲間たちとのエピソードを語る。 取材・構成=富田庸 写真=BBM 
エース・斎藤(中央)の力投に応え、船橋(左)は再試合となった決勝で貴重な先制適時打を放った(右は主将の後藤貴司)
引き分け後のエースからの言葉
88年生まれの世代は、球界を背負って立っている世代だと思います。田中将大君、
前田健太君(現ツインズ)、
秋山翔吾君(現レッズ)がメジャーで戦い、日本には
坂本勇人君(現
巨人)、
柳田悠岐君(現
ソフトバンク)がいる。名前を挙げたらきりがないほど、好選手だらけですよね。
この世代は「ハンカチ世代」や「マー君世代」などと、いろいろな呼ばれ方をしますが、正直、どれが正解かは分かりません。僕が野球をやったのは大学の途中までであり、その後についてはプロに進んだ彼らの実績が「世代」としてのステータスを上げたわけですから。僕がその世代の一員かと言ったら、そこは立場が違うと考えています。
そんな中で、僕にとって大きな存在だったのは、やはり斎藤佑樹です。早実時代の彼は本当に頼りがいのあるエースでしたし、物事を客観視できるというか、人との接し方が特に秀でていました。
2006年の夏、駒大苫小牧との決勝戦は1対1の引き分けに終わりました。その試合で、僕は2度の得点機に凡退しているんです(6回一死二、三塁で三振、延長13回二死満塁で二ゴロ)。宿舎に帰るバスの中で、すれ違った斎藤に僕は「ゴメン」と言いました。すると斎藤は笑って「何が?」と返してきたんです。もちろん彼は、僕が謝った意味を分かっていたはず。ですが叱責するでも同情するでもなく、ケロッとした様子で返してきた。ここが「明日こそ打たなければ」と思い直した瞬間でした。
翌日の再試合では、初回二死満塁のチャンスで先制タイムリーを打つことができました。ベンチに帰った僕が「よかったぁ」と胸をなで下ろしたところ、となりに座っていた斎藤が笑いながら「いやいや、ここからでしょ」と言いました。確かにそのとおり。優勝を懸けた大一番でも冷静なエースが、そこにいました。
あの夏に2試合を戦った相手、駒大苫小牧の選手たちも、もちろん特別な存在です。全日本で一緒にプレーした本間ちゃん(本間篤史)は本当に面白いヤツ(笑)。
楽天に入団した田中君は神宮で行われた交流戦に招待してくれ、仲間で応援に行ったこともあります。再試合でホームランを打った中澤君(中澤竜也)とは職場も近く、お茶をする仲。ライトの鷲谷君(鷲谷修也)は僕が運営するYouTubeチャンネルに出演してくれて、高校野球について語り合いました。
ただ、人には過去、現在、未来があり、大事なのは現在であり未来。「あのころはよかった」と感傷に浸るような思いは1ミリもありません。プロで戦う選手たちはライバルではないけれど、ジャンルは違っても負けたくない存在。高校野球、早実で一番良い景色を見られたからこそ、今度はビジネスの世界で同じ景色、いや、それ以上の景色を見るために、これからも努力し続けます。
PROFILE ふなばし・ゆう●1988年9月25日生まれ。東京都出身。8歳から13歳までをドイツで過ごす。早実では3年時に春夏連続で甲子園に出場し、夏に「五番・左翼」として全国制覇に貢献した。早大卒業後にソニー株式会社に入社し、海外マーケティングに携わる。14年8月に退社して転職、16年1月に株式会社Liberty Bridgeを設立し、人事コンサルティング業に従事している