ボロだけど味わいがあって大好きだった球場、父親に初めて連れて行ってもらった球場、仕事帰りによく立ち寄った球場、初めてデートした球場──。その幾多の景色は私たちの記憶の中に息づいている。いまはもうなくなってしまった追憶と哀愁のロストボールパーク。野球ファンに愛された11球場の情景を辿る。 各球場の年数は開場年と閉場年。紹介した球場はフランチャイズ終了球場。一部現存球場あり 1950年、2リーグ分立で福岡の2球団(西日本パイレーツ、西鉄クリッパーズ)の本拠地としてプロ野球で使用されるようになる。50年代後半に黄金時代を築いた西鉄“野武士軍団”の主戦場だった。その後、西鉄の経営悪化により73年に太平洋となり、77年にクラウンライター。そして78年秋にコクド計画に買収されると、球団は埼玉・所沢へ移転した。89年、南海を買収したダイエー(現
ソフトバンク)がこの球場を本拠地としたが、93年に福岡ドームに移転。敷地内で遺跡が発見されたことで、発掘のために取り壊されることとなった。

熱狂的なファンが多く、スタンドからのヤジも荒っぽかった
平和台球場の情景
ロッテとの遺恨試合 1973年から2年間、太平洋とロッテの間にある“遺恨”がトラブルを引き起こした。ロッテ・
金田正一監督が平和台のファンを挑発する態度を見せるなど、グラウンド内外では常に緊張感に包まれていた。この騒動、観客動員に悩む太平洋側の“演出”だったことがのちに判明している。
【STADIUM DATA】 福岡県福岡市中央区城内
開場年 1949年
フランチャイズ終了 1992年
閉場 1997年
収容人数 3万4000人
両翼 92m
中堅 122m