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日本シリーズ激闘史1950-2018

【1965-73】パの覇者たちを退け巨人が空前絶後の9連覇/日本シリーズ激闘史

 

「日本ワールド・シリーズ」として1950年にスタートした日本シリーズも、今年で70回目を迎えた。ここでは、その激闘の歴史を振り返る。
写真=BBM

1973年南海を破って巨人が9年連続日本一を達成。先頭が川上哲治監督


 いよいよ球史に残る巨人V9の時代がやってきた。まずは1965年、巨人は南海と6回目の対戦。戦力的には、互いに先発に決め手を欠いたが、巨人は“8時半の男”と呼ばれたリリーバー・宮田征典が、第2戦は同点とした7回から、第3戦は逆転した8回から、第5戦では同点の8回から登板し、失点ゼロで2勝を挙げた。最後の第5戦は新人・土井正三がサヨナラ打を放ち、4勝1敗で日本一を決めている。

 翌66年も巨人の相手は南海。パームを武器にする渡辺泰輔が1戦目から3試合連続で先発したが、これを高校時代、同じ神奈川県で幾度も対戦がある柴田勲が打ちまくり(柴田・法政二高、渡辺・慶応高)、攻略。巨人が4勝2敗で2年連続日本一。柴田は打率.556、2本塁打でMVPにもなっている。

 67年は西本幸雄監督率いる阪急が初優勝で進出。巨人打線は阪急のアンダースロー・足立光宏に苦しむ場面もあったが、出足の3連勝を生かし、4勝2敗で3連覇を飾った。68年も阪急相手に4勝2敗。さらに、69年、三たびの対戦となった阪急からは「今年こそ」という意気込みが感じられたが、やはり4勝2敗。4本塁打の長嶋茂雄がMVPだった。

1971年、対阪急第3戦で巨人・王貞治が劇的なサヨナラ弾


 70年はアルトマン、ロペスを擁し、大型打線を売りにしたロッテとの対戦。1戦目はアルトマンを四球攻めにしつつ、巨人・堀内恒夫とロッテ・木樽正明の見ごたえある投手戦になった。0対0のまま延長に突入し、11回裏、巨人・黒江透修がサヨナラ弾で試合を決めている。王貞治、長嶋茂雄のONだけでなく、伏兵がここぞの場面で活躍するのもV9時代の特徴だった。その後も巨人ペースが続き、4勝1敗でV6となった。71年、2年ぶりに巨人と対戦した阪急は22勝のアンダースロー・山田久志、盗塁王に輝いた福本豊、好打の三番打者・加藤秀司と、69年入団の新鋭が加わったが、1戦目、福本の機動力を弱肩と言われた捕手の森昌彦が、投手・堀内恒夫のクイックにも助けられて封じ込め、勝利を飾った。1勝1敗の3戦目がハイライトだろう。阪急先発・山田の好投で1対0のまま9回裏二死となったが、ここで王が劇的な逆転サヨナラ3ラン。マウンドに崩れ落ちた山田はしばらく立ち上がれなかった。そのまま4勝1敗でV7。翌72年も同じカードだったが、阪急は自分たちの野球ができず、2年連続5回目の敗退だ。

 73年は初の2期制となったパで、前期を制覇し、プレーオフで阪急を破った南海が進出。巨人は初戦を落とすも、その後4連勝で9年連続日本一を飾った。

1972、73年と2年連続MVPとなった巨人・堀内恒夫。V9の投の主役だ/写真は72年


TRIVIA1969年編 写真が証明した名ジャッジ?


 1969年の第4戦、巨人は4回裏一、三塁で重盗を仕掛けた。三走の土井正三は捕手・岡村浩二のブロックでアウトかに見えたが、ジャッジはセーフ。怒った岡村は球審を突き飛ばし、日本シリーズ初の退場となった。現場では「アウトでは」という声が多かったが、翌日の新聞では土井の足が入っている写真が掲載され、審判の正しさが証明される形となった。岡村は土井の立大の先輩。のち「ブロックが少し甘くなったかも」とも語っていた。


■日本一チームの勝敗
1965 巨人4勝1敗(南海)
1966 巨人4勝2敗(南海)
1967 巨人4勝2敗(阪急)
1968 巨人4勝2敗(阪急)
1969 巨人4勝2敗(阪急)
1970 巨人4勝1敗(ロッテ)
1971 巨人4勝1敗(阪急)
1972 巨人4勝1敗(阪急)
1973 巨人4勝1敗(南海)
※カッコ内は相手チーム
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