
日本シリーズ第1戦、槙原[手前]から初打席本塁打を放ったデストラーデ
自信はあるが過信なし
前々回、話したとおり、1990年、
西武は完全に独走で優勝しました。僕自身の成績はどうなっていますか?
へえ、打率.267ですか。あまり打ってないですね(苦笑)。ただ、50犠打はしているし、二番打者としての役割は果たしていた気がします。西武というチームは、役割を果たせなきゃ使ってもらえないシビアなチームでしたしね。
ほかにも、いろいろ強いチームは見てきましたが、やはり先発オーダーが確立しているのは絶対条件の一つのような気がします。当時の西武で言えば、捕手が伊東(
伊東勤)、一塁がキヨ(
清原和博)、セカンドが辻(
辻発彦)、ショートはもう石毛(
石毛宏典)から田辺(
田辺徳雄)になってましたね。それで石毛がサード。外野は僕がライトでアキ(
秋山幸二)がセンター、レフトだけ固まってなくて笘篠(
笘篠誠治)、吉竹(
吉竹春樹)、安部(
安部理)が入っていた。あと指名打者がデストラーデ。
このレギュラー連中がそれぞれ自分たちの役割を果たし、しかも責任感があって体調管理も自分たちでしっかりできていた。ベンチからしたら、こんな計算できることないけど、控え選手はたまらんかったでしょうね。食い込むスキがないって。ただ、こっちもこっちで必死でした。控えにも力のある選手が多かったんで、一度スタメンを取られたら、もう戻れない、という気持ちはありましたよ。
この年、西武で打率3割台はキヨだけですか?(.307) 打線が打てなかったという記憶はあまりないけど、一つ覚えているのは・・・
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