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佐相眞澄氏(相模原高前監督)追悼試合 3年生の団結力向上と感謝を体現 学んだ「教え」を存分に披露

 

相模原高は神奈川大会、法政大高は西東京大会を前に貴重な機会となった[写真=小川誠志]


県立の雄として存在感


 6月14日、サーティーフォー相模原球場で相模原高(神奈川)対法政大高(東京)による3年生試合が行われた。夏の地方大会前に3年生同士の試合や、メンバーを外れる3年生の引退試合が行われる例は各地で見られるが、このゲームには、もう1つの意味が込められていた。

 昨年12月まで相模原高の監督を務めていた佐相眞澄氏が今年1月、すい臓がんのため66歳で他界。この日のゲームは、相模原高の3年生と、佐相氏の長男・佐相健斗監督が率いる法政高の3年生との対戦で、佐相氏の追悼試合として行われた。

 佐相氏は1958年生まれ。法政二高、日体大では強打の左打ち外野手として活躍。日体大4年秋には首都大学リーグ優勝、明治神宮大会初優勝に貢献している。大学卒業後は神奈川の中学校保健体育科教員、軟式野球部監督として新町中、大沢中、東林中で実績を残した。

 2005年からは高校教員に転身。「打倒・私学」「神奈川の県立高校からの甲子園出場」を目標に掲げ、川崎北高では07年秋に県4強進出、08年にはセンバツ21世紀枠の県候補に推薦された。08年夏には北神奈川大会8強進出を果たす。12年春、県相模原高へ異動すると、14年秋に県4強、15年春には県準優勝で関東大会進出。19年夏の神奈川大会準々決勝では4年連続甲子園出場を狙った横浜高に逆転勝ちし、同校の夏の選手権最高成績である県4強へと導いた。卓越したバッティング理論による「打ち勝つ野球」を進め、強豪私学ひしめく神奈川において「公立校の雄」として存在感を示してきた。

 体調に異変が起きたのは昨年の春先のことだった。体重が落ちたことから6月に病院で検査を受けると、ステージ4のがん宣告を受けた。治療を進めながら体調が良いときはグラウンドに立ち、昨夏の神奈川大会はベンチで指揮したが、秋の県大会は試合会場に行くことができなかった。監督辞任を決意し、12月に監督を退任。「しっかり治して野球界に戻ってきたい」と語っていたが、今年1月24日、静かに息を引き取った。6月3日には、育成功労賞の受賞が日本高野連から発表されている。

父から受けた指導


 法政大高・佐相健斗監督は、父の影響で小学1年から野球をはじめ「父の下で、野球をやりたい」と当時、眞澄氏が監督を務めていた川崎北高へ進学。強打の左打ち外野手として活躍し、高校1年秋(07年)には県4強進出に貢献。高校卒業後は・・・

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