あの男がいれば――。いなくなって、余計に存在の大きさが身に染みる。絶対的な代打の切り札だった
前田智徳だ。
あのときの怒りは、長期離脱を確信していたからだろう。4月23日の
ヤクルト戦(神宮)。同点に追いついた、8回一死一、二塁。前日まで打率.444を誇るベテランの登場に、スタンドは沸いた。マウンドには
広島出身の江村。前田智は2球目の内角高めの球に尻もちをつくと、本塁上であぐらをかき、新人左腕を睨にらみつけた。
そして事件は5球目に起きた。すっぽ抜けた直球が、左手首を直撃。すると、顔をしかめながら江村に歩み寄り、早口で怒りをぶちまけた。その後、両軍が入り乱れ、退場者が出る騒動にまで発展。その間も左手を押さえたままだった前田智は病院へ直行し、都内の病院で「左尺骨骨折」と診断された。宿舎に戻った前田智は、指揮官に「長いことお世話になりました」とあいさつしたが、野村監督に「そんなことを言うな」となだめられたという。
だが、心の火は消えていない。早期復帰のために、手術することを決断。広島に戻り、骨折した2日後の25日に「左尺骨固定術」を受けた。約1週間の入院を経て、リハビリを開始。球団関係者は、「もちろんメニューはありますけど、前田さんは自分の体を一番分かっている。自分で考えて、特に下半身のトレーニングは継続的にやっています」と話す。
右手だけでのティー打撃を続けてきたが、5月下旬にはギプスが外れ、ついに本格的なトレーニングを再開するメドが立った。一軍復帰のメドは、オールスター明け。かつては、アキレス腱断裂から復活した男は、必ず帰ってくる。