前・侍ジャパン社会人代表指揮官。大学球界で注入する人材育成

2月1日から母校・東海大を指揮する安藤強氏。社会人野球、社会人日本代表で培った卓越した指導には定評がある
指導実績が豊富なだけのことはあり、一言一句が落ち着いている。
「準備と全力をテーマにしていきたい。その中身に何があるのかを考えさせながら。人としてしっかりしていないと、技術もついてこない。スポーツを通しての教育、人間としての育成をしていきたいと思います」
首都大学リーグで最多69回優勝を誇る東海大に、OBの安藤強氏(53歳)が2月1日付で監督に就任した。
「ビックリすることばかりでした。(1カ月で)こんなに動くの?と」
急転直下の“人事”だった。前任の横井人輝監督の退任が明るみとなったのは、昨年12月中旬。横井氏は昨年1月から大学日本代表監督も歴任していた。11月末の代表候補合宿(松山)も選考し、今年8月のユニバーシアード(台湾)までの任期を残しての“ドタバタ劇”であった(大学日本代表監督も退任)。
大学側は水面下で後任へ向けた動きに着手。安藤氏への打診は12月に入ってから。だが、安藤氏も2015年から社会人日本代表監督を務め、18年のアジア競技大会(インドネシア)までの任期を2年残していた。安藤氏は本田技研工業に属しており、一人で決められることでもない。とはいえ、大学4年間、育ててもらった東海大への愛着は人一倍ある。「自分の集大成の中で、今までの経験をいかに指導へつなげられるか」と、母校からの要請に対して、力になりたいと考えていた。そして「順序をしっかりしないといけない」と、関係機関との調整を慎重に進め、会社や野球連盟の理解を得ることができた。「4年間、出していただけることを感謝しています」
社会人時代から不変の「1へのこだわり」
神奈川県出身。県内の私学強豪高校へ進学する選択肢もあったが、父親の教育方針により福岡の名門・柳川高へ。
「帰りたいと思ったときもありましたが、飛行機代もない(苦笑)。忍耐と人とのつながりを学んだ」
2年春のセンバツに出場し、東海大では在学8シーズンで6度の優勝を経験した。社会人では選手、マネジャー、コーチで計20年。社業を経た監督時代は
長野久義(
巨人)らを擁し、09年に都市対抗制覇へ導いている。15年から社会人日本代表を率い、昨年はプロと社会人で編成したU-23ワールドカップでコーチを担当。「プロの人とやるのは初めて。良い機会、勉強させていただきました」。人間としての“幅”の広さと、卓越した指導力こそ、大学側が安藤氏に監督就任を要請した大きな理由だ。
「昨年12月に山下先生(泰裕、副学長、1984年ロス五輪・柔道金メダリスト)に会って『ゆっくり』とは言われているものの、最初が肝心。スローではなく、トップで入れるようにリーグ戦を迎えていきたい」
2月27日からの沖縄キャンプ(国頭)は、当初40人の予定だったが「横一線で見たい」と、就職活動中の4年生を除く約100人が全員参加。実戦が本格化する3月8日の二次キャンプ(那覇)までに、メンバーを絞り込む。「準備と全力」をベースとした上で、目指すはホンダ監督時代から不変の「1へのこだわり」だ。
「最終地点は『1』。一番になる」
偶然にも今春のリーグ戦開幕は4月1日。安藤監督は「見せつけたい!」と、進化した東海大の“姿”を披露するつもりだ。(取材・文=岡本朋祐)
PROFILE あんどう・つよし●1963年12月27日生まれ。神奈川県出身。柳川高、東海大(4年春に二塁手ベストナイン)を経て86年に本田技研工業に入社。6年間プレーの後、92年に選手兼マネジャー、翌93年からマネジャー、99年から2005年までコーチを務め、06年は社業専念。07年から4年間、監督を務め09年には都市対抗優勝へ導いた。侍ジャパン社会人日本代表監督として15年はアジア選手権(台湾)で3位、16年はワールドベースボールチャレンジ(カナダ)を率い、昨年11月の「第1回WBSC U-23ワールドカップ」(メキシコ)ではコーチで優勝。