
日体大は3年生右腕の両輪を擁し、2回戦から決勝まで3試合1失点と危なげない内容で、37年ぶりの頂点へと上り詰めた/写真=川口洋邦
上級生が雑用を率先する「改革」が結実
「エッサ、エッサ、エッサッサ」。晩秋の神宮の杜に、日体大伝統の『エッサッサ』の勇壮な掛け声が響いた。
11月15日、日体大(関東5連盟第一代表)が星槎道都大(北海道2連盟代表)に3対0で勝ち、37年ぶり2度目の優勝を決めた。2009年に就任した古城隆利監督は「日本一を本気で目指してやってきた。いろいろなことが、積み上げられた成果かなと思います」と目を潤ませた。
古城監督の改革が実った。2年前に『日体大イノベーション』を断行。寮の清掃など部の雑用を上級生が率先して引き受け、下級生が授業や練習に集中できる環境を整えた。また、朝6時30分からは二、三軍の計5チームによる『日体リーグ』で競争を活発化。上級生の責任感が増し、チーム全体の戦力も底上げされた。
今年の9月末に部員の相曽幸宏さん(1年・帝京高)が髄膜炎のため急死。この秋、日体大ナインは亡き友への思いを胸に戦っていた。
松本航(3年・明石商高)と
東妻勇輔(3年・智弁和歌山高)の右腕2本柱が優勝の立役者だ。九州共立大(九州3連盟代表)との初戦では松本と東妻の継投で、タイブレークの末に7対1(延長10回)で勝利。東洋大(東都)との準決勝では連投の松本が4安打完封(4対0)。決勝では東妻が2安打シャットアウトした。
この強力投手陣を支えたのが、
辻孟彦コーチだ。日体大時代は4年春に東海大・
菅野智之(現
巨人)に1対0で投げ勝つなど、リーグ記録を更新するシーズン10勝をマーク。その年(11年)のドラフト4位で
中日に入団して3年間プレーした後、15年に母校のコーチに就任。同年に入学した松本、東妻らを育ててきた。
「優勝はもちろん、彼らの成長した姿を見るのはうれしい」(辻コーチ)
閉会式後、三塁側スタンドでは控え部員たちが『エッサッサ』を披露。その後、ベンチ入りメンバーが古城監督らを胴上げして、全部員で喜びを分かち合った。その光景は、思い切った改革によって171人の部員が一つになったことを象徴していた。
一方、星槎道都大は北海道勢として、6月の大学選手権を含め、初の準優勝。山本文博監督は「北海道の野球のレベルを全国に知ってもらうことができた」としながらも「優勝の壁は高い」と唇をかんだ。初めて4強の壁を破ったが、星槎道都大に満足感はない。この悔しさが次の壁を破る力となる。(取材・文=佐伯要)
■第48回明治神宮野球大会(大学の部)結果 準決勝 環太平洋大2-10星槎道都大、東洋大0-4日体大
決勝 星槎道都大0-3日体大
優勝 日体大 37年ぶり2度目