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2020新コーチ

「量で質をつくる」熱血指導。内田順三(JR東日本コーチ)の打撃理論

 

現役、コーチを含め、プロで50年ユニフォームを着続け、今年1月からは社会人野球へステージを移した/写真提供=JR東日本野球部


NPBでコーチ37年。選手と築いた信頼と情熱


 巡回コーチを務めていた巨人からの退任が発表されたのは10月2日。12月1日付でJR東日本の新監督に就任することが内定していた濱岡武明監督(駒大)と松浦健介マネジャー(法大)は、このリリースを受けてすぐさま動いた。内田順三宅へ足を運び、外部コーチの就任要請である。

「助けてください」。濱岡監督は駒大の大先輩に頭を下げ、お願いした。この誠意が72歳の心に届いたのだ。

「前監督の堀井さん(堀井哲也、慶大監督)とは、静岡の同郷でして……。JR東日本とは、ジャイアンツ球場で練習試合をした際にも、よく話をさせていただいていました。私の打撃指導している姿をずっと見られているなど、研究熱心な監督でした。濱岡さんは駒大の後輩でもあり、少しでも力になるのなら、と。かつて堀井さんの下でヘッドコーチだった濱岡さんが名門チームを受け継ぎながら、新しい考えも取り入れている。その中で助言ができればと思います」

 今年1月から指導をスタートさせた。神奈川県川崎市内の自宅から、千葉県柏市内にあるJR東日本グラウンドまで約90分。通えない距離ではないが「やるからには、しっかり見たい」と、球場近くの合宿所に住み込んでの熱血指導である。週5日で、週末のみは帰宅しているという。

「まだ、体は元気ですし、ね。1994年に広島から巨人に移ってきたときには2年間、寮で選手たちと寝食をともにしてきたこともあります。それ以来です。

 チーム方針としてグラウンドで自主練習まで終わらせて、合宿所はくつろぐ場所としているそうですが、たまに夜、スイングを見たりします。設備が整った合宿所をはじめ、専用球場、室内練習場と野球をするのは申し分のない環境で、プロとそん色ありません。一企業からのバックアップのスケールに驚いたものです」

70歳までは打撃投手で会話


 昨年までプロで50年間、ユニフォームを着続けた。駒大から70年ドラフト8位でアトムズ(現ヤクルト)に外野手として入団。日本ハム、広島でプレーし82年限りで現役を引退した。以降、広島(83〜93年)、巨人(94〜2002年)、広島(03〜05年)、巨人(06〜07年)、広島(08〜14年)、巨人(15〜19年)と一、二軍の打撃コーチ、二軍監督など37年、一度も途切れることなく、現場で打撃指導を続けた。半世紀にわたる功績から、球界内では「名伯楽」と呼ばれた。衝撃を受けた選手を挙げてもらうと、広島では前田智徳鈴木誠也、巨人では高橋由伸の名前が出てきた。

「3人に共通していたのは攻守走の3拍子がそろったバランスの良さです。打撃センスはもちろんですが、肩も強かった。練習に対する集中力も高かったです。努力型で言えば、金本知憲江藤智正田耕三です。量で質をつくるアナログ的な指導でしたが、しがみついてきました」

 打撃指導の原点は、プロ入り当時の打撃コーチだった中西太氏にある。

「監督だった三原脩さん(中西氏の義父)が連れてきまして、私よりも1年遅れで入団してきた若松(若松勉)と私は試合前後に2箱、ティーを打ちまして。手のひらが開かないくらい振りました。まさに、極限……。力任せではなくて、体で覚えました。下半身から連動して上につなげていく。後ろを小さく、前を大きく、内転筋をうまく使う。理論尽くめではなくて、シンプルな指導でした。すべてノートに書き残して引用し、自分なりにアレンジしてきました」

 内田コーチには確固たる打撃理論に加えて、情熱があった。いつまでも付き合ってくれる。そこに、選手との信頼関係が芽生えたのである。

「私は名前で、指導できませんから。メンタル面を含め、夢中になり、一生懸命、汗をかいてきました。広島弁で言えば『かばちゅぅーたれんな!』。文句や理屈を言わずに、まず、体を動かせ、と。70歳近くまでは、ショートゲーム(打撃投手)で会話をしてきました。スイングスピード、正確に打つ、再現性。ドリルはたくさん持っておいて、そこから本人に合った方法を選択させていました」

 プロで成功する秘訣は何か。

「入団してきた時点では、能力の差はそこまでないんです。どこで決まるか。一つの覚悟を持っている選手は伸びます。優柔不断だと……。指導者は熱意と辛抱。それこそ、家にも帰らなかったこともあり、女房には感謝しないといけませんね(苦笑)」

 喜びとは、何だったのか。

「プロはチーム内競争。二軍で指導し、一軍で選手が成功し、花開いたときはうれしいです。オレがつくった、育てた、やらせたではなく、それは本人の努力です。プロ初安打から、どれだけ飛躍していくのか。2本目につなげていってくれればいい」

情報に惑わされず「習うより、慣れろ」


 社会人へステージを移しても、選手へのアプローチは変わらない。軸にする4つの段階があるという。

「選手から見れば、知る。分かる。やる。できる。指導者側からすれば、知らせて、分からせ、やらせてみて、できるようにする。その繰り返しです。習うより、慣れろ、です。情報が氾濫している世の中です。今の時代で精神論、根性論になってしまいますが、頭で理解しても、いかに本気になって取り組むか。そこは、時間をかけてやらないといけません」

 選手たちは日々、目からうろこ。入社1年目の杉崎成輝(東海大)の打撃に「プロにスタンバイできる選手」と絶賛。また、チームの中心である丸子達也(早大)、佐藤拓也(立大)にも目を光らせている。プロで50年、生きてきただけに、社会人野球に新鮮味を感じている毎日だ。

「プロは年間のレギュラーシーズンだけで143試合あり、連勝もあれば連敗もある長丁場。二軍は育成がメーンで、ある意味でゲームの勝ち負けは、問われない部分もあります。一軍も、シーズンのトータルで考えればいいんですが、社会人は一戦必勝。年間の最大の目標として都市対抗出場を第一のステップにしており、予選では連敗すれば出場権を逃すわけで、1試合の重みが異なります。野球とベースボールの違いと言われますが、極端に言えば、それだけの相違があります。プロは個性を重視しますが、社会人は組織で戦っている意識を強く感じます。会社の名誉を背負い、企業ありきのチーム編成です。コーチから指示が出る守備のサイン、攻撃のサインもち密。バントへの対応、1点を取る野球が徹底されています。ボール回し、シートノックも統率が取れており、一体感とチーム力を強く感じます。言うまでもなく、JR東日本はお客さん商売であり、社会人としての立ち居振る舞いがしっかりしています。野球を通じての人間形成が確立され、選手個々が自立している集団です」

 練習1時間前には球場に出て、各ポジションをグラウンド整備。当たり前のことではあるが、道具や環境を大事にする姿にも感銘を受けた。

「新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、世の中はバタバタしており、社会人球界も11月の都市対抗以外はほぼ中止となっています。私がJR東日本で指導することで新しい血を入れ、化学変化が起きて、違う打撃を感じ取ってくれればいいです。カープ時代に言ってきたのは、量で質を作り、技術を向上させていくか。練習は不可能を可能にする。その言葉を信じて、力になっていきたいです」

 緊急事態宣言中は限られた形での調整だったが、グラウンドに立つたび、新たな発見があり、選手とは真正面から向き合い、打撃理論を交わす。NPBにおける37年の経験を、惜しみなく落とし込んでいく。(取材・文=岡本朋祐)

熱心な打撃指導。個々のタイプに合わせて適切なアドバイスをする


PROFILE
うちだ・じゅんぞう●1947年9月10日生まれ。静岡県出身。東海大一高、駒大を経て70年ドラフト8位でヤクルト入団。75年に日本ハム、77年に広島に移籍し、82年限りで現役引退。翌83年から広島と巨人を交互に各3回、打撃コーチ、二軍監督らを歴任。20年1月にJR東日本コーチ就任。NPB通算950試合、打率.252、25本塁打、182打点、39盗塁。
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