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立浪和義のコラム

立浪和義コラム「ルーキー時代の上原浩治選手から受けた衝撃」

 

入団イヤーから圧巻のピッチングを見せた


初対決は三振


 巨人上原浩治選手が引退を表明しました。彼とは現役時代に何度も対戦がありますが、一番印象に残っているのは、初対決です。

 上原選手は1999年の入団で、開幕から先発に定着し、素晴らしい活躍をし、私は映像を見ながら、「すごい新人が出てきたな」と思っていました。

 ただ、なかなか中日戦の登板がなく、8月17日のナゴヤドームが最初の対決。彼はすでに14勝3敗をマークし、エースの風格がありました。ベンチから見ていても、素晴らしさは十分、分かっていたつもりでしたが、打席に入ってあらためて衝撃を受けました。横から見ていた以上に球が速く感じられ、しかもコントロールがいい。投手と打者の位置に対峙して、さらにすごさが分かるタイプでした。この打席は三振。この年は8打数2安打だったようです。

 上原選手のすごさは、まずフォームにあります。常に安定し、球種に関係なく、リリースポイントがいつも一定。そしてトップに入るまでの後ろの部分が小さく、前が大きい。球の出どころも分かりづらく、スピードガン以上に球速を感じます。長身で角度もあったので差し込まれてしまうことも多かったです。

 フォークボールもストライクを取る球、空振りを取る球とを投げ分け、それもコントロールがいい。あの時点で、すでにプロで勝てる投手の条件を備え、完成形にありました。

 戸惑ったのは、ボールカウント2-1、3-1、あるいは3-0からでも甘い球がいっさいないことです。打者有利のバッティングカウントですから、こちらも打ち気満々ですし、投手側はストライクを欲しがり、甘いコースになるものですが、彼は常に厳しいところを突いてきました。それだけ制球に自信があったのでしょうね。そうすると打ち損じも増えるし、不思議なもので、とらえたあたりも正面を突きやすい。この年は、いきなり20勝を挙げています。

読み勝ちのサヨナラ弾


 ただ、そのあとは下半身の故障が多く、それほど長くできるタイプではないのかと思っていたこともありましたが、とんでもなかった。メジャーでも大活躍し、44歳まで現役。本当にお疲れ様でした。

 上原選手には、ほぼ完ぺきに抑え込まれていますが、印象に残る一打もあります。2006年4月7日、これもナゴヤドームの試合です。9回裏一死満塁で打席が回り、初球はフォークを狙いました。ストレート狙いでフォークが来ると、ボテボテのゴロでホームゲッツーもあると思ったからです。しかし、裏をかかれ内角低めのストレートを見送り。

 では、次の球となったとき、おそらく阿部慎之助捕手には1球目のフォーク狙いがインプットされたと思い、同じく内角の真っすぐを待つことにしました。結果、狙いどおりの球で、サヨナラ本塁打です。私はホームランを狙って打てるようなタイプではありませんが、犠飛でもいいと思っていたのも大きかったのでしょうね。

PROFILE
立浪和義/たつなみ・かずよし●1969年8月19日生まれ。大阪府出身。PL学園高からドラフト1位で88年中日入団。1年目からショートのレギュラーをつかみ新人王、ゴールデン・グラブに。その後、95年から97年とセカンド、03年にはサードでゴールデン・グラブに輝き、96年にセカンド、04年にサードでベストナインを手にしている。09年限りで引退。通算2586試合2480安打、135盗塁、打率.285。487二塁打は日本球界最多記録でもある。
立浪和義の「超野球論」

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そのときどきで気になった選手や試合、さらに、私が感じたポイントについて書いていきたいと思います。野球をより深く知りたいという方、また、もっともっと野球がうまくなりたいという中学、高校生のみなさんにも参考になる連載になればと思っています。

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