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背番号物語2019

【背番号物語2019】「#48」好投手の「21」への登竜門

 

背番号は、ある選手が引退しても、またある選手に受け継がれていく。2019年も新たな後継者が誕生した。その歴史を週刊ベースボールONLINEで振り返っていく。

岩隈は近鉄で「21」へ“出世”


近鉄・岩隈久志


 近年は見かけなくなったが、先発完投が当たり前だった時代には、ちぎっては投げ、というテンポのいいピッチングで試合を作った好投手がいた。そんなタイプの右腕と左腕が「21」の系譜にいるが、ともに出世番号としているのが「48」だ。

 右腕は東映の“江戸っ子投手”土橋正幸。家業の魚屋で働きながら軟式の草野球を楽しんでいたが、知人の紹介でテストを受けると合格、2年目に「51」から変更すると一軍に昇格し、のちに「21」で暴れ回った。左腕は中日の松本幸行。1年目から22試合に登板、2年目には早くも背番号を若くして、中日の「21」を左のエースナンバーというイメージにまで昇華させた。酒にまつわる逸話には事欠かず、土橋とともに昭和のプロ野球を鮮やかに彩る豪傑だ。

 タイプは対照的だが、「21」の印象が強い岩隈久志も近鉄時代の「48」が出世ナンバー。ルーキーイヤーから3年間を「48」で過ごした。その後は楽天やメジャーでも長く活躍して、2019年に巨人で日本球界へ復帰。「48」の系譜における出世頭と言える存在だ。

【12球団・主な歴代「48」】
巨人 中井康之、香田勲男、マルティネス、矢野謙次、池田駿☆

阪神 前岡勤也、久代義明、仲田幸司、久保康生、齋藤友貴哉☆(2019年〜)

中日 前岡勤也、松本幸行、小森哲也、井端弘和、溝脇隼人☆

オリックス 田中(岸上)守、松永浩美、吉野誠、甲藤啓介、齋藤綱記☆

ソフトバンク 山本義司、渡会純男、西島貴之、甲藤啓介、岡本健☆

日本ハム 土橋正幸、白井康勝、島崎毅、本西厚博、高山優希☆

ロッテ 中川隆、高木晃次、G.G.佐藤、宮崎敦次、中村稔弥☆(2019年〜)

DeNA 今井務(努)、間柴富裕、島田直也、後藤伸也、京山将弥☆

西武 川村博昭、前田耕司、黒田哲史、帆足和幸、武隈祥太☆

広島 三村敏之、清川栄治、天野浩一、岸本秀樹、アドゥワ誠☆

ヤクルト 阿井利治、益川満育、桜井伸一、岩村明憲、金久保優斗☆

楽天 竜太郎、伊志嶺忠、渡辺佳明☆(2019年〜)
(☆は2019年)

最初と最後が「48」だった岩村


ヤクルト・岩村明憲


「48」でブレークして「21」となったものの、すぐ「48」に戻したのが毎日の中川隆だ。2年目の1955年に最優秀防御率のタイトルを獲得、翌56年には背番号を若くするも失速し、その翌57年には早くも「48」へと“復帰”した。

 NPBの最初と最後に「48」を着けたのが“何苦楚魂”でフルスイングを貫いたヤクルトの岩村明憲。ブレーク後は“ミスター・スワローズ”の「1」となり、メジャーでも活躍したが、楽天を経てヤクルトへ復帰して、再び「48」を背負った。打者でも出世番号で、広島には監督も務めた三村敏之が、阪急には下積み時代の松永浩美がいる。近年では中日に井端弘和。遊撃守備の名手だが、打っては「48」のラストイヤーとなった02年にサイクル安打を達成している。

 89年に巨人の香田勲男が近鉄との日本シリーズで3連敗4連勝を呼び込んだあたりから、セ・リーグでは好投手が続々と輩出された。阪神ではブレーク前夜の仲田幸司からリリーバーの久保康生へ。横浜にもリリーバーの島田直也がいて、その同時期にはパ・リーグで “初代ホールド王”になった日本ハムの島崎毅がいる。

 21世紀に入ると、2チームで「48」を着けた甲藤啓介や西武の武隈祥太らセットアッパーのナンバーが多くなった。

写真=BBM
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