
今季抜群の制球力ですばらしい数字をたたき出している柳賢振。ここまでケガに悩まされていた。これからの敵はそのケガをしないことだけと言ってもいい
ドジャースの柳賢振がMLB史に残る偉大なシーズンを送っている。14試合に先発、93イニングを投げ、9勝1敗、防御率1.26、WHIP0.817はすべてリーグ1位だが、特筆すべきはMLB史に残る柳賢振の三振/四球率の17.00だ。
20世紀以降、先発投手でこの数字が2ケタを超えたのは2014年ツインズのフィル・
ヒューズの11.62、10年マリナーズ&レンジャーズのクリフ・リーの10.27、1994年メッツの
ブレット・セー
バーヘイゲンの11.00だけ。
ベースボールリファレンスによると、柳の17・00を上回るのは1875年、ハート
フォード・ダークブルーズのキャンディ・カミングスの20.50。その年、この投手は48試合に登板、47試合に先発、46試合が完投で416イニングを投げ、82奪三振4四球だった。
とはいえ、当時はルールで下手投げのみだったのである。今季の柳は85奪三振5四球。14試合中9試合が無四球、5試合が1四球である。熱心なメジャーファンなら日本人投手でこのカテゴリーですごい記録を残した投手を覚えているだろう。
上原浩治はリリーフで12年、36イニングを投げ、43奪三振3四球で14.33、13年は74.1イニングで101奪三振9四球 11.22だった。上原の12年、13年はすさまじかったが、今年の柳は、先発でより長いイニングを投げこの数字だ。
おそらくオールスターゲームで先発を務めるはずだし、現時点でサイ・
ヤング賞の最有力候補。アジア出身でオールスター先発は95年の
野茂英雄に次ぐ2度目、サイ・ヤング賞は初の快挙となる。柳の真っすぐは最速でも93マイル程度。それでも抑えられるのはカッター、シンカー、カーブ、チェンジアップと5つの球種を30パーセントから10パーセントの頻度で投げ分け、コントロール良くコースに決められるからだ。
対左打者で内角にチェンジアップを決めたり、対右打者で、バックドアカッターでストライクを取ったり、幅広く、どのカウントでも何でも投げるから打者は予測しづらい。打者との駆け引きにも優れている。ベテランのラッセル・マーチン捕手は「グレッグ・マダックスを思い出す」と言う。
190センチ、115キロの巨漢だが、抜群のボディコントロールで、投球フォームは安定しているし柔軟性もある。そして今特に称賛すべきは2年間の大きな挫折からよみがえった努力と精神力だろう。12年12月にドジャースと契約。13、14年は14勝を挙げたが、15年は肩の故障で手術を受け、全休。16年7月に復帰し1試合登板するが、再び離脱。ヒジの手術を受けた。17年、24試合に先発し復活を果たすが、5勝9敗、防御率3.77と成績は芳しくはなかった。
それが18年は15試合に先発して7勝3敗、防御率1.97。そして今季はキャリア最高のパフォーマンスである。心配なのは太腿の内転筋の故障。16年に発症し、18年も3カ月間戦列を離れ、今季も4月のカージナルス戦で違和感が出たため、2回途中で自ら降板した。
このときは1回先発をとばすだけで済んだが、後半の最大の懸念材料である。本人は「ケガなく、5日に1度、チームメートに頼られる存在でありたい」と話す。最後まで投げ続け、球史に残る金字塔を打ち立ててもらいたいのである。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images