優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。 眉間に小さな切り傷のある若者が、朱色のバットをぶん回す。
空中に大きな弧を描くフォロースルー。振りきられたバットの先が打席の土をえぐった数秒後、弾き出された白球は横浜スタジアム左翼席の人山に消えた。
8月10日のドラゴンズ戦、ルーキーからヒーローへの早変わりはマンガみたいに鮮やかだった。
1点差に迫るプロ初ホームランから打順は一巡、
伊藤裕季也の第4打席は8回裏にやってくる。2点ビハインドで走者一塁。いつだって、主人公のために舞台は用意される。
勝ちをつかみにかかるドラゴンズは、J.
ロドリゲスをマウンドに送り込んでいた。ドミニカ生まれの左腕が前打者の
J.ロペスに投じた3球はいずれも155kmオーバー。初見で打ち崩すのは至難の業だ。
「両方追っかけても絶対打てない。チェンジアップが来たら“ごめんなさい”で。あの球(速球)しか、打つ球はない」
スナイパーのごとく照準は一点に絞られていた。待ち構えていたからこそ、白い影となって迫りくる151kmのストレートを逃さなかった。
前の打席のリプレイを見ているかのように打球はレフトスタンドに飛び込んで、打った本人は何食わぬ顔でダイヤモンドを一周した後、太い腰をどすんとベンチに落ち着けた。
終始劣勢のゲームを振り出しに戻す同点弾。勢いを得たベイスターズは9回裏、満塁のチャンスから
乙坂智の犠牲フライでサヨナラ勝ち。土俵際から仕切り線まで押し戻し、そのまま電車道で寄り切った。
「こんなもんか」と思われたくない。
8月8日の初出場・初打席に始まり、翌9日は初安打を含む2本のツーベース、そして初スタメンを勝ち取った10日は初本塁打を含む2打席連続アーチ。ともすれば年単位の時間がかかってもおかしくない初づくしの階段を、一軍昇格からわずか3日のうちに駆け上がってきた。
控えめな笑みを浮かべながら、伊藤裕は言う。
「自分が思い描いてたよりいい結果が出て、自分でもちょっとびっくりしてるぐらいです」
三重県四日市市生まれの伊藤裕が、野球選手として脱皮したのは大学生のころだ。名門の日大三高で甲子園の土を踏むことなく高校生活を終え、本人曰く「平凡」だった18歳は、立正大に進む。
野球部監督、坂田精二郎との出会いが男を変えた。
「準備次第で結果は変わる」
指導者が幾度となく口にする一言は、耳から脳へ、そして肉体へと染みわたった。
「いろんな人から準備、準備と言われてきましたけど、アップをちゃんとして、ちょっと素振りして体を動かしておけば、それで準備オッケーという感じだった。でも、坂田監督に教えてもらってからは、そうじゃないと気づきました。試合前日の夜から、相手ピッチャーの特徴、持ち球、キャッチャーの配球の傾向を頭に入れておく。たとえば大会の決勝戦なら、人が多く入るだろうし、下の学年の選手たちは緊張するかもしれない。すべてを予測して試合に入ると、視野が広がったんです。打席では、こういう状況になったらこういう球が来る。守備でも、バッターが追い込まれたら、こっちに寄っておこう。そんなふうにプレーの一つひとつが変わった。準備をすることで本当に結果って変わるんだ、と」
大学生活の最後、明治神宮大会決勝戦の8回、伊藤裕は逆転2ランを放つ。あれこそがまさに、準備の賜物だったという。
「一塁ランナーに、
楽天に行った小郷(裕哉)がいて。前日からの準備の中で、このケースでは無意識にアウトコースのまっすぐが多くなる、という絶対的な自信がありました。だから、まっすぐをしっかり捉えようという考えが、打席の中で頭にパッと浮かんだんです」
読みのたしかさに加え、それを打ち損じることなくスタンドまで運ぶ技術とパワー。そして勝負強さ。平凡から非凡への変貌を象徴する一打だった。
もう一つ、伊藤裕を変えた出来事がある。4年時に侍ジャパン大学代表に選出されたことだ。初めて日の丸をつけて戦った経験は、心のステージを一段上へと押し上げた。
「甲斐野(央)、頓宮(裕真)、辰己(涼介)……大学のスーパースターたちといっしょに野球をして、すごく刺激になった。それに、自覚が芽生えましたね。ジャパンが終わってからも、試合をする相手に『こんなもんか』と思われたくない、ジャパンに選んでもらったからには『何かすごいな』と思われたい。だからもっとがんばろう、そう思ってやってこれました」
なぜ、あのプレーは起きたのか。
伊藤裕は、立正大でキャプテンを務めていた。チームには下級生が多くいて、メンタルの浮き沈みを少なくするためにはどうすればいいかと、主将は頭をめぐらせた。やがて、一つの言葉にたどり着く。
「準備をしてエラーするのは仕方がない」
伊藤裕は言う。
「グラウンド状況がどうとか、風がこう吹いているからフライにはどう対応するかとか、全部頭に入れたうえでエラーしたのなら、それは仕方ない。誰も責めないし、自分の実力不足だから、これから練習してうまくなるしかない。『エラーをしても切り替えて、できることをやっていこう』と、試合では常にそう言ってきました。周りに言うだけじゃなく、自分にとっても大事な言葉だなって思えるようになった」
だが、だからこそ、ドラフト2位で入団したベイスターズでの最初のつまずきが不思議になる。
3月7日、ドラゴンズとのオープン戦で、伊藤裕の打球は一塁後方への力ない飛球となった。ファウルと決めつけ、走らなかった。しかし打球はフェアグラウンドに落ち、慌てて駆け出した打者は一塁でアウトになった。
「(大学時代の話と)矛盾してますね……」と、22歳は声を落とす。
「準備不足と気の緩み。風も一切頭に入ってなかったですし、気の緩みからそういう準備不足が生まれたのかなって。野球人として最悪のプレーだった」
直後にベンチに下げられた。開幕一軍争いから脱落し、ファームに合流。なぜあのプレーは起きてしまったのか。何度も思い返した。
「大学の時、みんなにそう言いながら、自分はできているつもりだった。でも、ごまかせていただけだったんじゃないか。昔から気の抜けたプレーは実はたくさんあったなと思い当たりました。それが出た。出て当然だと思いました」
以降、伊藤裕は己の未熟さ、不完全さを嫌というほど思い知らされることになる。春の様子を訥々と語る。
「打てないし、全然守れないし、かといって走れもしない。打てないからといってフォアボールが取れるわけでもない。ほんと使えないなって。ほんと、どうしようもない選手だなと……」
それでもまだ、努力の仕方がわからなかった。無力感に苛まれ、向上心もありはしたが、「がんばっているつもりで終わっていた」。
そんな悩める若者を変えたのは、指揮官の一喝だった。
5月24日のロッテ戦、浦和球場で。
ファームの試合前、伊藤裕はノックを受けていた。1球目か2球目か、捕り損ね、こぼれたボールを、グラブで弾くように脇にどかした。
その瞬間、グラウンドに怒声が飛んだ。ノックバットを握っていたファーム監督の
万永貴司が怒っていた。
ノックが終わった後、万永は伊藤裕を呼び、こんな話をしたという。
「お前がアップを終わってノックに来るまでに、ほかの選手はもう10球以上受けてたんだ。この世界、自分で『うまくなろう』『人より1球でも多く受けよう』と思わないと。『1球でも多く、真剣にやろう』と思わないと。そういう気持ちが大事だぞ」
万永の言葉は矢となって、プロとしての自覚が足りないことをうっすら自覚していた伊藤裕の心を射抜いた。
ファームでの重要な転機はもう一つある。日付と場所まで明確に記憶している。
「5月24日の
ロッテ戦。浦和球場で」
スタメンだった伊藤裕は、打っては2併殺、1三振、守っては3つのエラーをおかした。何をやってもうまくいかない。視界がにじんだ。
「めちゃめちゃ悔しくて。初めて試合中に涙が出てきて。泣けてきて……」
その夜、宿泊先のホテルでファーム打撃コーチの
嶋村一輝に「いっしょに素振りしよう」と誘われた。嶋村はその時、こう言った。
「何でもいい、お前が野球をやめるまで、毎日必ずできる練習メニューを一つ見つけてこい」
部屋に戻った伊藤裕は考えた。簡単なようで難しい宿題だった。大学時代の動画を見た。坂田監督の言葉がふとよみがえった。
「迷った時は基本に帰れ」
その一言が突破口になった。バッティングの基本は素振り。バッティングで大事なことは間の取り方。間の取り方を確認できる素振り、しかも毎日できるのはどんなことだろう――。
そうして導き出された答えが“歩きスイング”だった。
報告を受けた嶋村はうなずき、「自分で考えたからにはやり続けような」と言い添えた。
歩きながらバットを振る。振る数は、その日の体調、疲れに応じて決めればいい。これからもずっと続くであろう取り組みをスタートさせた直後、いきなり結果に表れる。
「やり始めて2日目ぐらいで、ボールの見え方がすごく変わりました。そして、(5月31日のライオンズ戦で)ホームランを打ったんです」
来たるべき未来に向けてのたしかな一歩は、この時に踏み出された。
ただ経験を積ませるためじゃない。
8月、首位ジャイアンツを僅差で追走する一軍のチームは、緊急事態に見舞われる。打線の中軸を担ってきた
宮崎敏郎が、左手有鈎骨の骨折のため、戦線を離れざるをえなくなったのだ。
誰をファームから呼び寄せるか。白羽の矢が立ったのが、背番号4だった。
初の一軍昇格。その知らせが意味するものを、伊藤裕はすぐに悟ったという。
「それまでは(一軍に呼ばれることがあったら)『経験を積もう』という考えがあったんですけど、チームが大事な首位争いをしている時に呼ばれるということは、ただ経験を積ませるためじゃない。来年を見据えてとか、そういうわけじゃないんだなと思いました。本当に結果にこだわらなきゃいけないんだって」
マツダスタジアムでのプロ初打席は、迷わず初球を振りにいった。経験ではなく結果。打てると思ったボールは強く叩く。心技体の準備があってこそ、躊躇は生じず、バットは出た。ファームでもがき苦しんできた期間は、それ自体が準備だった。
そして8月9日、本拠地、横浜スタジアムでの初打席に立ち、150km超の速球を操るE.
ロメロと対戦。2球目のストレートを空振りした伊藤裕は、バットを短く持ち、構え直した。
「力のあるピッチャーに力で対抗しても絶対勝てない。こっちが工夫してやるしかないので、短く持ってコンパクトにいきました」
目前の投手にフォーカスしながら、視野は壮大な背景をも捉えていた。そそり立つスタンドからの声援に包まれ、無心でバットを振った。
「360度からの、聞いたことのないような歓声でした。『声援が後押ししてくれた』なんてコメントをよく聞きますけど、『こういうことか』と。本当に自分の背中を押してくれた。あの日の2本のツーベースは、応援の力が打たせてくれたんだなって。初めてそんなふうに思えました」
翌9日の2打席連続ホームランで、瞬く間にファンを虜にした。チームの危機に、彗星のごとく現れた。これから何をなすべきか。どう振る舞うべきか。伊藤裕はわかっている。
「こうやって(一軍に)呼んでもらったからには、自分の力を出し切るだけです。経験とか関係なしに自分の力をぶつけて、課題が見えたら見えたで、成長するしかない。いい結果が出たら出たで、いいシーズンになる。どっちにしろ、来年にはつながります。自分のできること、出せること、やりたいことをやっていけたら」
眉間の傷に触れながら、はにかんだ。
「ファームでノックを受けてる時、当たりました。イレギュラーして」
積み重ねた努力の痕跡。その傷が癒えるころ、伊藤裕の真価は試される。
「このまま負けてるわけにはいかない」
伊藤裕が中学生だったころに所属した「四日市トップエースボーイズ」の1学年上にいたのが
東克樹だ。10年ほども前の話を尋ねられ、東は苦笑しながら首を横に振る。
「(伊藤裕の)プレーに関する印象は特にないですよ。学年別にやっていたし、そんなに深く関わってたわけじゃないので」
2年目の東もまた、己の無力さを痛感するシーズンを過ごしてきた。
今シーズン初登板となった5月8日のジャイアンツ戦では、3回8失点と無残に打ち込まれた。その後、一軍では4試合に先発して3勝を挙げたものの、手ごたえは「まったくない状態」。マメがめくれたことによる一軍登録抹消(6月7日)は、再出発するにはちょうどいい機会だった。
「(ファームに)落ちるってなった時は、当たり前っていうか。こんな実力で上にいてもチームに迷惑をかけるだけだったので。戦力になれない悔しさと、自分の思うような球が投げられないもどかしさと。両方を持ったまま、ファームでトレーニングして、調整しようという気持ちでした」
昨シーズン、11勝を挙げて新人王に輝いた自分と、今シーズン、なかなか球速が上がらず苦しい投球を強いられている自分。映像を見比べて、違いはどこにあるのかと目を凝らした。
東は言う。
「体重移動だったり、軸足でしっかりと立てていない部分であったり。足りない部分が見えたので、まずは下半身のトレーニングから変えてみることにしました。下から土台をしっかりつくっていこう、と」
一軍のチームは上り調子だった。牽引役の一人となった右腕の躍動が、復活を期す左腕の心に火をつけた。
「(一軍の)試合は見ていました。いちばん刺激になったのは平良(拳太郎)の活躍。同級生の、同じ先発として、平良がしっかり投げきって勝ち星をつけている姿にいい刺激をもらった。自分もこのまま負けてるわけにはいかないって思いました。こんなこと、平良には言ってないですけどね(笑)」
出力は徐々に上がった。球速だけでなく、回転数が上がり、スライダーの軸も昨年のよかった時期に戻ってきているという。
7月後半からファームの試合で投げ始め、8月6日のイーグルス戦では7回を4安打7三振、失点1でまとめた。東の表情にも明るさが戻ってきた。
「三振の数というより、まっすぐで空振りやファウル、カウントを取れるようになったのがいちばん大きい。降格前、筒香(嘉智)さんから、『今年のお前は躍動感がない。もう一度、しっかり自分を取り戻したほうが今後のお前のためだ』と言われたんですけど、この2カ月間で躍動感が戻ってきたんじゃないかと思います。調子がいい時に上げてもらった。これが一軍レベルで通用するのかどうかは投げてみないとわからない部分もありますけど、2カ月間やってきたことを出すだけかなと思っています」
復帰登板は今夜、8月12日にセットされた。
現在リーグ6位のスワローズは、ベイスターズが優勝戦線に食らいついていくためには負けられない相手だ。
プロ入り後初対戦となる敵との一戦を前に、東は静かに闘志をたぎらせる。
「Aクラスの大混戦という状況の中で、チームに迷惑をかけるわけにもいかないので、強い思いで(一軍に)上がってきました。120%をいきなり出すのは難しい。いま出せる力を発揮するだけ。より100%に近い力を出せるように投げたいなと思っています」
今シーズンの過去の登板は、自身が知る「100%」とはほど遠い力しか出せずに終わった。
フルスロットルの東克樹が見られるかどうか。
これから終盤戦に突入するチームにとっても、極めて重要なマウンドになる。
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写真=横浜DeNAベイスターズ