転機となった2010年

最後の球団となった楽天でも救援として献身的に腕を振った
引退発表は本拠地で今季最終戦(対
西武)が行われる11月7日の試合前だった。「野球を楽しむことができて、本当に幸せだった」。何度も出たのは、感謝の言葉だった。
2003年、自由獲得枠で
巨人に入団した。入団当初は練習嫌いがたたり、
内海哲也(現西武)や
山口鉄也ら後輩に一瞬で追い抜かれたという。転機となったのは10年。
木村拓也コーチの急逝がきっかけだった。「便利屋の生き方というか、何でもできることの強み、それを教えてくれた人でした」と、久保は目に涙を浮かべながら振り返る。これが野球への向き合い方が変わった瞬間だった。このシーズン、敗戦処理からセットアッパーまでこなし、74試合登板で球団最多登板記録を塗り替えた。
15年オフに巨人、移籍した
DeNAでは16年オフに、2年連続で戦力外通告を受けるという試練を味わった。それでもあきらめず、楽天にテスト入団。育成降格もあったが支配下に返り咲き、ブルペンからチームに貢献した。「イーグルスを最後の球団にすると決めて、ずっとプレーしてきました」。同僚の
渡辺直人に続いてまた一人、「松坂世代」の選手がユニフォームを脱ぐことになった。
写真=BBM