3年前に創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。 最大の大物はビュフォード

剣道の竹刀のようだが、侍ポーズか?
今回は『1973年3月26日号』。定価は120円。
オリオールズから太平洋クラブが大金をはたいて獲得したのが
ドン・ビュフォードだ。ドルが大暴落し、1ドル270円になっていたが、それでも太平洋がオリオールズへ支払うトレードマネーは2年間で16万ドル、ビュ
フォードへの年俸が10万ドルは破格だった。
ちなみに、太平洋のもう一人の新助っ人
ロジャー・レポーズの年俸は3万ドルという。
バリバリのメジャー・リーガーとなると、鼻持ちならぬタイプも多いが、ビュフォードは違った。
「私はライオンズを優勝させるためにオリオールズから来た。必ず日本シリーズに出場させてみせる。私はオリオールズで黄金時代を築いてきたから勝つ野球を知っている」と語り、性格もマジメで日本文化に溶け込もうとしていた。
さらに、36歳の年齢については、「ダイジョービ!」と怪しい日本語で胸を張っている。
ビュフォードに並ぶ大物が、
ロッテの
ジム・ラフィーバーだ。トレードマネー10万ドル、年俸10万ドルというが、こちらはブローカーが間に入り、そちらに3万ドルを渡したという。
ロッテ・
金田正一監督は、「今まで日本には
大勢の外国人選手がやってきたけど、ラフィーバーはそいつらとはまったく違うバリバリの本物大リーガーや。鹿児島に来てバッティング練習をしたらピッチャーが腰を抜かすぜ」と興奮気味だったが、日本に来てみたら、打撃練習でも、なかなかバットが火をふかない。特にスイッチながら右打席がさっぱりで、カネやんも「今季は左一本で」と指示せざるを得なかった。
オープン戦でも不振が続いたが、「エキシビションで評価されたら心外だ。問題は本番だ」と話していた。
困ったのはなかなか来日しなかった
中日の
ボビー・テーラーだ。SFジャイアンツの選手だが、果たして、どうなるのか。
では、また月曜日に。
<次回に続く>
写真=BBM