
今季は投手は封印となる大谷[エンゼルス]。今後は打撃に集中し、感覚を取り戻してほしいものです/写真=GettyImages
先週号で心配していたら、やっぱり日本のプロ野球選手からも、開幕後初めて、選手の感染者が出てしまいましたね。ただ、もう、どこから感染者が出てもおかしくない情勢になっていますから、出たこと自体はしょうがないかな、という感じですよね。もうここから広がらないということを祈るしかない。まあ、1人出ても、そこから広がってはいないようなので、そこはよかったですが。
日程的にも、それほど大きく中止になることなく進めることができました。このように、1人感染者が出ても、ほかの人には広がっていない、という形にできる態勢を作れるよう心がけることが、これからも絶対的に大事になってくると思います。
そして、試合が中止になる可能性があっても、日程消化優先ではなく、しっかりと再検査をしたうえで進めていくことも必要になります。そうやって初めて「やっぱりプロ野球、始めてもらってよかったね」ということにつながっていくと思いますので。
打撃も感覚にズレがある!?
メジャー・リーグのほうでは、大谷選手(
大谷翔平、エンゼルス)が、右ヒジを守る筋肉部分を痛めてしまい、どうやら今シーズンの投手としての登板はなくなりそうですね。まあ、故障した人の筋肉がどうこうというのは本人しか分かりませんし、それも160キロを投げるピッチャーとなると違うと思いますので、何とも言えないですが、これはもう、非常に残念です。「二刀流」という分野を切り開き、それをアメリカに認めさせた大谷ですから。投げる大谷、二刀流をする大谷を見たいというファンはたくさんいますからね。
でも、不幸中の幸いというか、ある意味では二刀流はいいですよね。まだ「もう片一方」がありますから(笑)。ピッチャーだけだったら、もう今季はありませんもんね。
ただ、見ていると、打撃もホームランは2本出ているものの、それ以外の打席では、ちょっと思うようにボールに反応できていないような感じもします。今年は、足を上げてタイミングを取る形を試したりしながら、最終的にノーステップに戻したんですけれども、その中で、本人は前のノーステップのときと同じように振っているつもりでも、ちょっと微妙なズレがあるのではないかなという感じがするんです。私の経験でも、ブンブン振っていたときに「もうちょっとコンパクトに」と言われて、一度、スイング幅を小さく振るようにした後、もう一回大きなスイングに戻そうと思ったら、できなかったということがありましたしね。
まあ、大谷選手のことですから、今までも練習は十分していたと思いますけど、これからは、今まで投手の練習に割いていた時間もバッティング練習に充てられますから、その辺の感覚は戻していけると思います。一つを排除したことで、より片方に集中できるとすれば、その効果に期待してしまいますよね。
ただ本人としては、自分の存在価値を証明するためにも、二刀流での復活がなければ納得できないでしょう。「もう一回マウンドに」という気持ちは強いんじゃないでしょうか。また、その気持ちがないとダメですよね。
私はいつも、1年1年、バッターとピッチャーを交互にやってもらえないかなと思っているんですけれども(笑)。そうしないと、いつまでたっても打撃でも規定打席まで行かないし、投手でも規定投球回数に行かないということになりますから。でもまあ、大谷はそれも承知で二刀流を貫こうとしているわけですけどね。
とにかく、まず今年は、残された試合数で、バッティングのほうでどれだけ楽しませてくれるか、ということを期待しますし、また来年、ぜひ二刀流を見せてもらいたいなと思いますね。
野武士野球とは
最後に、読者の方からのご質問にお答えしたいと思います。浜松市の大橋さんから、(1)「1982年、
中日が優勝したとき“野武士野球”と言われていましたが、どんな野球でしたか?」(2)「ブログの『ズバリ! 大島くん』のタイトルは、『燃えよドラゴンズ』の“一発長打の大島君”の歌詞からきているのでしょうか?」とご質問をいただきました。
「野武士野球」というのは、当時の
近藤貞雄監督が、とにかく選手それぞれの個性を大事にしてくれた。自由奔放にやっているように見えたのが、そう言われたゆえんじゃないですかね。もちろん最低限のチームプレーはあるのですが、「“こうしろ”と言ったって、できないものはできないんだから、それぞれができることをやってくれればいい。それが集まって、チームとして一つになってくれればいい」という考え方でした。
投手でも分業制を前面に押し出しましたし、野手も「アメフト式」と言って、最初に打つメンバーを出して、リードしたら、イニングが浅くても守備用のメンバーにサッと代えてしまう、ということをやっていました。僕も1打席だけで代えられたことがありましたよ。そのときは頭にきて、野球人生で初めて、「帰ります!」って言って試合中に家に帰りましたからね。それで実家に電話したら、おふくろがラジオ聞いてて「アンタ、まだ試合やってるんじゃないの?」って(笑)。当時は、スコアラーの方に「この投手の攻略法はこうだよ」と提示してもらっても、「そんなこと言ったって、そのとおり来なかったらどうするんだよ」という選手が、僕をはじめ多々いたこともありますけどね。今考えると、「あの野球はよかったな」と思いますよ。「ああしなきゃいけない」「こうしなきゃいけない」よりいい。それで優勝できたんだから。よかったということでしょう。
『ズバリ! 大島くん』のほうは、昔、NHKの番組内でコーナータイトルとして使っていた「ズバリ!」とくっつけたときに何となく響きがいいのでそうしました。『燃えよドラゴンズ』の歌詞とは関係ありません。
PROFILE 大島康徳/おおしま・やすのり●1950年10月16日生まれ。大分県出身。右投右打。中津工高からドラフト3位で69年中日入団。3年目の71年に一軍初出場の試合で本塁打を放つ。76年にはシーズン代打本塁打7本の日本記録。翌77年に打率.333、27本塁打の活躍で不動のレギュラーとなり、79年にはリーグ最多の159安打、36本塁打、リーグ3位の打率.317の大活躍。83年には36本塁打で本塁打王にも。88年に
日本ハムへ移籍、90年には史上最多の2290試合を要して2000安打に到達した。94年限りで現役引退。2000年から02年まで日本ハム監督も務めた。現役通算成績2638試合、2204安打、382本塁打、1234打点、88盗塁、打率.272。