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野村克也が語る「甲斐拓也&菅野智之」

 

今年の日本シリーズで6連続盗塁刺の新記録を樹立し、MVPに輝いたソフトバンク・甲斐/写真=毛受亮介


捕手はシリーズを経験して変わる


 日本シリーズが終わり、あとは日米野球を残すのみになった。シリーズMVPに輝いたソフトバンク・甲斐拓也も、いまや堂々サムライの一員だ。

 シリーズを戦うと、キャッチャーは心底疲れ果てる。それはシリーズの大舞台、7試合という短期決戦の司令塔となる責任の重さゆえ。だから私も、シリーズが終わるといつもホッとした。

 しかし一方で、その経験がキャッチャーを成長させることは確かである。短期決戦では、1球たりとも疎かにできない。甲斐も今回のシリーズで、大いに学ぶところがあったはずだ。

 日本一が決まった直後、テレビの取材でソフトバンク・達川光男ヘッドコーチと話をした。達川も、良いキャッチャーを育てたものだ。「短期決戦のビッグゲームにおいては、キャッチャーがより重要」という私の理論を、実証してくれた。

 まあ事実かお世辞かは分からないが、甲斐は私の著作を熟読してくれているそうだ。達川いわく、「本のとおり、困ったら外角を要求していた」とのこと。ただ、くれぐれも外角一辺倒にはならないように片方の目で投球を見て、もう片方の目でバッターの反応をしっかり見てほしい。“感じる力”を身につけ、バッターの反応から、その奥にある考えまで見通す“目”を養うことが肝要だ。

 MVP獲得のポイントとなった盗塁刺のほうは、キャッチャーだけの殊勲ではなく、ピッチャーとの“共同作業”。そのあたり、甲斐も「ピッチャーがクイックやけん制をしてくれたおかげ。自分一人では無理だった」と謙虚に話していたようだ。功は人に譲れ。まさにキャッチャーらしいキャッチャーと言えるだろう。

「〜らしい」と言えば――私はよくこの連載でも、「ピッチャーらしいピッチャー」の話をする。最も代表的なのが、カネやんこと金田正一さん(国鉄ほか)と江夏豊(阪神ほか)。自己中心的でうぬぼれ屋の気質は、まさに“プロのエース級”だった。しかし、中には大エースながら気が優しい、杉浦忠(南海)や梶本隆夫さん(阪急)のような人もいた。

 今季、2年連続の沢村賞に輝いた巨人菅野智之は私の見る限り、カネやんや江夏とは真逆の“珍しいエース”の部類に入ると思う。しかしあの2人に負けず劣ず、現在最もプロらしいピッチャーであり、鶴岡(鶴岡一人=南海監督)さんふうに言えば「ゼニの取れるピッチャー」である。

自覚や目的意識を持てば、成長できる


 菅野は典型的な技巧派。球は特別速いわけではないが、なんと言ってもコントロールがいい。そして、ピッチングをよく知っている。この球はボールにして、この球で打ち取る。ここへ投げればゴロ、ここへ投げればフライ……。まるで自分の投げる球と、会話をしているようだ。それが、CSファーストステージ第2戦(神宮)でのノーヒットノーランを生んだ。

 監督、コーチがほかの投手陣に「お前ら、菅野を見習え」と言える、手本となるピッチング。しかも野球の考え方から練習、実戦に至るまで模範的なら、“真のエース”と呼ぶことができる。

 そういうエースがいると、監督はラクだ。何があっても「菅野に聞いてこい」とひと言、言えばいい。

 それによって菅野自身も、さらに育つ。自分が頼りにされている、チームから信頼されているという自覚が芽生えると、その思考が行動にもつながるのだ。

 中心なき組織は機能しない。中心がしっかりしていれば、チームはどんどん良くなっていく。逆に言うと、中心となる選手がいなければ、監督としてはもうお手上げだ。“怖い監督”と化し、強権発動。強制、強制で形にするしかないだろう。

 さて今回は、オフの話題をもう一つ。台湾、南米、豪州と、今年も各地のウインター・リーグに若手選手たちが“武者修行”に旅立つようだ。こういった試みは、私も大いに賛成。プレーの機会のみならず、世界各国からやってくる選手たちと交流し、見知らぬ文化に触れ、見聞を広めるという意味でも、積極的に活用するべきだ。

 以前も書いたが、私は1964年のオフ、自費でメジャー・リーグのワールド・シリーズ観戦に出掛けた。日本シリーズが終わって息をつく間もなく、慌ただしい渡米。初戦から見ることはできなかったが、メジャーのプレーを目の当たりにし、私の“世界”は変わった。パワー勝負オンリーだと思っていたメジャーのち密な野球を知り、“本物の野球”について、考えるようになった。

 自分から行くのと球団に行かされるのとでは、得るものがまったく違ってくる。送り出す球団側も、いちいち派遣の目的は説明しないだろう。自分で考えろ、ということだ。有意義な時間にするかどうかは、諸君次第である。

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