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あの日、あのとき、あの場所で 球界の記念日にタイムスリップ

<1960年9月30日>400勝の大投手の大記録の陰に、その400分の1のチャンスさえ奪われた名もなき投手がいた

 

当日の試合の写真は弊社に残されておらず、こちらはビジター用ユニフォームから分かるように1960年の別の試合の写真だ[左は根来広光捕手]


通算42試合、0勝2敗の投手


 かつて国鉄スワローズ(現ヤクルト)に島谷勇雄という投手がいた。一般的には無名の存在だろう。それも当然で、1957年に入団してから引退するまでの7年間で通算0勝2敗と、実績らしい実績はほとんど残していない。

 それでもこの島谷には、プロ野球フリークの間で成績に似つかわしくないほどの知名度がある。なぜならば、彼はある大記録達成に深く関わった「被害者」であるからだ。そして被害者がいる以上は加害者が存在する。その男は、実績において島谷の対極に位置するサウスポーであった。

 金田正一。NPB史上、彼以上の成績を残した投手はいない。通算400勝、365完投、5526 2/3イニング登板、4490奪三振……。「記録は破られるためにある」とよく言われるが、これらの記録が更新される可能性は限りなくゼロに近い。長身から投げ下ろされる剛速球と鋭く大きく曲がるカーブで、金田は圧倒的な成績を残し続けた。

 金田が達成した大記録の一つに14年連続20勝(51〜64年)がある。20勝投手の出現自体がまれになったことを考えれば、これも更新不可能だろう。しかも金田は、ほとんどの年で余裕をもって20勝を達成しているのだ。巨人との開幕戦でルーキーの長嶋茂雄から4打席連続三振を奪った58年などは、チーム51試合目となる6月13日(対巨人=後楽園)の時点で、早くもそのラインを突破したほどであった。

 そんな金田にも、連続記録が途切れそうになった年があった。達成すれば・・・

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