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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

プロ野球ユニフォーム物語 第48話「中日ドラゴンズ編 Vol.7」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 空襲で焼け野原となった東京の新橋駅前に、一棟のビルが焼け残っていた。そこに「仙台製作所」という看板を掲げて事務所を管理していたのが、戦前に名古屋軍の監督を務めていた小西得郎だった。

 その事務所は終戦直後から、地の利の良さもあって、職業野球復活の思いを抱える球界関係者のたまり場となっていた。闇市にコネクションのある小西のおかげで、ここに来れば食料も手に入った。連盟理事の鈴木龍二、鈴木惣太郎、元東京セネタース監督で審判員だった横沢三郎、関西からは阪神軍の富樫興一、阪急軍の村上実、近畿日本軍の松浦竹松らもやって来て出入りしていた。

 そして産業軍球団代表の赤嶺昌志もそんな仲間の1人だった。戦時中、名古屋軍の親会社・中部日本新聞社は統制下で自由が利かず、球団経営が難しくなった。社長の大島一郎は友人の紹介でチームを野球続行が可能な軍需産業の理研工業に移管する。赤嶺も球団代表として選手たちと行動を共にした。しかし戦争が終わると軍需産業の理研工業は活動を停止。連合国軍最高司令官総本部(GHQ)による解体を待つ状態となってしまう。そのため赤嶺は鈴木龍二連盟理事に・・・

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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

職業野球として日本のプロ野球が創設された戦前の時代から、プロ野球で使用されたユニフォームすべてを網羅した図鑑が完成するような連載

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