
イラスト=イワヰマサタカ
太平洋戦争末期の1945年の元旦。前年に活動休止したはずの日本野球報国会(現NPB)による正月大会が、この日から4日間、甲子園球場と西宮球場で開催された。
しかし告知ポスターに記載されていたのは「隼軍」「猛虎軍」「潜龍軍」という耳慣れないチーム名。この時期、多くの選手が兵隊にとられていたため、人数不足を補うために結成された合併チームの名称だった。
「隼軍」は阪急軍と朝日軍、「猛虎軍」は
阪神軍と産業軍の一部、「潜龍軍」は近畿日本軍と産業軍で構成されていた。44年11月の報国会の休止宣言後、東京の球団は動きを停止したが、職業野球が甲子園や西宮など自前の球場を持つ関西では不完全ではあるがチームが存続していた。
だが、そんな関西のチームで最初に脱落したのが近畿日本軍だった。選手が集まらず正月大会には土壇場で不参加となってしまう。「潜龍軍」はポスターに名前が掲載されただけの幻のチームとなってしまった。
しかし8月15日に終戦を迎えると・・・
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