すでにすべての種類が出現したとも言われる変化球。果たしてこの先の未来に“新たな変化球”が生まれる可能性はあるのか。まずは研究者の視点から、理論的に可能性が残されているのかを探っていく。 取材・構成=杉浦多夢、写真=BBM 考察1・変化の3要素と変化球6つの分類とは
新変化球を考察するにあたって、投手が投げる際に、ボールに与えることのできる変化は何かを考えていきましょう。それは1.スピード(球速)2.回転の向き3.回転量の3つです。この3つの要素に空気の抵抗や揚力が影響し、ボールの軌道(変化)が決まります。
この3要素を変えることで、まだ投げられていないボールがあるのか。客観的に見れば「投げられていないボール(変化球)はない」と言えるでしょう。しかし、視点を変えると、また違った考え方をすることができます。変化球とはどういうものなのか、ということを考察しながら、新しい変化球の可能性を探っていきたいと思います。
現在、多くの種類の変化球が存在しますが、約40人の投手(プロ・社会人・大学生)の変化球におけるスピード・回転数・回転の向きを統計的に分析した結果、大きく6種類に分類することができました(表1)。
ここで、「ストレートとツーシームとシュート」(ストレート群)、「シンカーとツーシーム」(シンカー群)、「チェンジアップとフォーク」(チェンジアップ群)については、ボールの動きだけに着目すると明確に区別することができませんでした(ツーシームは2群で重複)。投手Aがストレートとして投げているボールと、投手Bがツーシームまたはシュートとして投げているボールが、「スピード・回転数・回転の向き」という意味では区別ができなかったのです。
もちろん1人の投手Aがストレートとして投げているボールと、ツーシームとして投げているボールには違いがあります。しかし、多数の投手が投じる各球種をまとめて統計的に見ると、明確に区別できるほど大きな違いのない球種が存在するということです。このように変化球というものは、客観的に見るとクリアに分けられるものではないのです。
考察2・ストレートも変化球。6種類の変化方向は
6つに大きく分類した変化球を、オーソドックスなオーバーハンドの右投手、左投手が投げたとき、ボールの変化の大きさと方向を図表化したのが図1です。空気の抵抗や揚力を考慮せず、ボールが自由落下した際に到達した場所が真ん中だとしたとき、それぞれの球種の回転軸と回転の方向によってどの場所に到達するかを示した図です。
図1 回転軸と回転の方向“のみ”から見る変化の方向(各変化球の到達位置) 空気の抵抗や揚力を考慮せず、回転がゼロのボールが自由落下だけで到達した場所が真ん中だとしたとき、投手が投げるそれぞれの球種が、回転軸と回転の方向によってどの場所に到達するかを統計的に表したもの。しかし、右投手の左上方向、左投手の右上方向への変化球は、現状ではカバーできていない。
この図を見るとストレートがカーブと並んで大きな変化をしていることが分かります。右投手のオーソドックスなオーバーハンドでは、リリース時に右へ30度程度の角度がつくため、ボールの回転軸も右へ傾きます。そして強烈なバックスピンがかかるため、右上の方向へと軌道は変化するのです。
リリース時の腕の角度があまりなく、真上から投げ下ろすような右投手の場合は、この下図が全体的に反時計回りにずれていくことになります。ストレートはより真上の方向になり、カーブも真下の方向に近づきます。
江川卓さん(
巨人)の現役時代、ストレートがホップするように、カーブが真下に落ちるように見えたのは、そういうわけです。
逆に腕の角度がさらにつく投手、サイドスローやアンダースローの右投手の場合は、この下図が全体的に時計回りにずれていきます。下図ではあまり下方向の変化がしないように見えるシンカーも、サイドスローやアンダースローの投手が投げればより右下方向への変化となります。また、シンカーのような球速の遅いボールは、実際には自由落下の割合がさらに大きくなります。
考察3・視点を変えれば可能性はある
ここまでのお話を前提に、「新たな変化球の可能性」について結論へ向かいましょう。最初に、「客観的に見れば投げられていないボール(変化球)はない」とお話ししました。図1の下図は右投手が投げた場合ですが、左投手が投げれば上図のように完全に左右反転します。すると、すべての方向への変化球が網羅されることになります。つまり、客観的にボールの回転軸と回転の方向だけを見れば、すべてのボール(変化球)がすでに存在していることになります。
しかし、それでも盲点が生じます。右投手(下図)の左上の方向、左投手(上図)の右上の方向です(赤いエリア)。右投手の場合、リリース時の腕の角度が少ない、上から投げ下ろす投手であれ(図1下図が反時計回りに傾く)、サイドスローやアンダースローであれ(図1下図が時計回りに傾く)、左上方向はカバーし切れません。つまり右投手が、左投手のストレートのような左上方向への(左投手が右上方向への)回転軸と回転を生み出すことができれば、「新たな変化球」と呼ぶことができるかもしれません。
同じ球種のボールを投げても、リリース時の腕や手首の角度が変われば回転軸は変わっていく。しかし、いくらリリース時の腕や手首の角度を変えても、右投手の場合は左上方向への回転軸と回転が盲点となる
もちろん投手は常に一定のフォームで投げることが前提ですから、右投手が左上方向への回転と回転軸を作るのは簡単ではないでしょう。しかし、プロの投手たちはこれまでも「簡単ではないこと」をいとも簡単にやってのけてきています。ですから、「新変化球の生まれる可能性はある」という結論にしたいと思います。
【番外編】矢内利政氏が見た『この投手の変化球はすごい!』
誰というわけではないのですが、トッププロが投げるキレのあるカーブは間近で見るとやはり驚かされます。あとはストレート系も変化球とするなら、
和田毅投手のキャッチボール。軽く投げているのに50〜60メートルの距離をスーッと落ちずに飛んでいく。きれいなバックスピンに近い回転軸なので、とにかくボールが落ちない。まるで重力に反して飛んでいくように見えました。そういったきれいなバックスピンがかかっているから、球速がそれほど速くなくても、和田投手のストレートは打ちづらいのでしょう。トップレベルの選手の分析をさせていただいたのが初めてだったから、ということもあるかもしれませんが、忘れられない光景でしたね。
PROFILE やない・としまさ●早稲田大学スポーツ科学学術院教授。専門はスポーツ選手の競技力向上と傷害予防を目的としたスポーツ・バイオメカニクス。スポーツ現場における技術指導を科学の視点でサポートする活動も並行して行っている。