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時代を変える若者たち 高卒ルーキー伝説

衝撃の記憶 1962年 尾崎行雄 優勝に導いた17歳の「怪童」

 

“衝撃の新人”という形容に、これほどふさわしい男はいないだろう。今なお史上最速とも言われるストレートを投げ込んだ右腕は、浪商高で全国制覇した後、中退し、17歳でプロ入りした。球はとにかく速く、そしてマウンドではふてぶてしい。

荒々しいフォームから真っ向勝負を挑んだ


後半は指のマメに泣く


 浪商高のエースとして「怪童」の異名を取る。1年夏から3季連続甲子園出場。1961年、2年夏に優勝を飾った。その後、大争奪戦の末、中退し東映入団。まだ17歳だった。

 快速球を武器にオープン戦から好投を続け、4月8日、開幕第2戦となった大毎とのダブルヘッダー1試合目が怪童伝説新章の幕開けとなる。3対3の延長10回、12球団最強とも言われ“ミサイル打線”のクリーンアップに東映・水原茂監督が尾崎を投入。緊迫の場面にも動じることなく、葛城隆雄を投手ゴロの後、榎本喜八山内和弘を連続三振。15球すべてがストレートだった。その裏、東映はサヨナラ勝ちをし、初勝利が転がり込んだが、そのときの言葉がいい。「三振を取るだけで精いっぱいでした」。あどけなさが残り、にこにこと笑顔の言葉だけに記者が驚いた。

 7月11日の完封勝利で早くも18勝。この時点で防御率は1.11、奪三振は146イニングで156個だ。称賛とともに「生意気だ」と批判もあったが、まったく意に介さなかった。ただ・・・

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