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キャッチャー大考察

捕手・野村克也の流儀 野球博士であり野球心理学者であれ

 

その奥深き理論は多くの野球人に影響を与えた。人生を通じ捕手として野球と向き合った野村克也氏。「生涯一捕手」が考える名捕手の条件とは──。
文=加藤俊一郎(サンケイスポーツ)、写真=BBM


名脚本家になれ


 生涯一捕手。通算3017試合に出場し、657本塁打を放った大打者であったにもかかわらず、野村克也は「生涯一」の後に、打者ではなく捕手を選んだ。不思議だった。

 捕手をよくタイプ分けしていた。バッティングを買われた「打撃から入る捕手」(田淵幸一阿部慎之助ら)、強肩や配球術を期待された「守備から入る捕手」(森昌彦=祇晶、古田敦也ら)だ。1956年、南海3年目のハワイキャンプに抜てきされたときの野村は「打撃」を買われた。そして翌57年、本塁打王に輝いたのである。『ひまわり』の王貞治長嶋茂雄に対して、自らは『月見草』を名乗ったのも、打者としての比較だろう。

 それでも、生涯一捕手。南海監督を解任された直後、再び選手として生き直す決意を固めたころ、草柳大蔵氏に「人間、一生勉強ですよ」と『生涯一書生』を教わった。野村は「では私は、生涯一捕手でいきます」と即答していたのだという。

「キャッチャーはグラウンド上の監督だから。守っている間は『監督』でいられる。そのためには、もう一度野球を勉強しようと思ったんだろうな」と当時を振り返ったことがあった。

 自軍が守備に就くたび、捕手は監督から全権を委任される。指先のサイン一つで、試合の帰趨(きすう)が決してしまう。「三原脩さんは『野球は筋書きのないドラマ』と言った。それならキャッチャーは脚本家だ。どうせなら名脚本家でないとな・・・

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