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イチロー惜別短期連載

イチロー栄光の軌跡 第四回「メジャーにセンセーションを巻き起こす」

 

前人未到の7年連続首位打者という栄光を引っ提げ2001年、ポスティングシステムを行使し、MLBのマリナーズに移籍。日本人野手初のメジャー・リーガーとなった。パワーヒッター全盛のメジャーで軽視されつつあったヒットメーカー。海を渡ってきた日本の安打製造機が、デビューから次々とヒットを重ね、眠っていた古い記録まで呼び起こさせる大活躍をしていった。
写真=BBM、GettyImages

2004年メジャーの年間最多安打記録を84年ぶりに更新してファンのスタンディングオベーションに応える


攻守走でしっかりアピール


 マーク・マグワイアにサミー・ソーサが年間本塁打記録を塗り替える。パワーヒッターが全盛の時代だった1990年後半。打者だけでなく投手も筋肉をつけ、ステロイドなどの筋肉増強剤で体を大きくすることが当たり前の時代だった。

 そこに2001年、日本のヒットメーカー、イチローが、日本人野手として初めて挑むことになった。この年のスプリングトレーニングでのこと。日本で7年連続首位打者を獲得した男に、多くの日本人メディアが群がる。その異様な光景を、マリナーズの選手の中には煙たがる者もいたのも事実だ。

 それに加え、イチローの調整法にルー・ピネラ監督も口を挟む。「もっと引っ張ってはどうか?」。オープン戦ではレフト方向中心に打っていたことにピネラがしびれを切らした。「もっと引っ張った強い打球を打ち、周囲を納得させてほしかった」とピネラ監督。レフトへの打球を打つことで徐々に打撃フォームを固めるイチローではあったが、ピネラ監督の意見を聞き入れ、ライト方向へ強く打つことで周囲を納得させた。オープン戦の打率は.352。「十分にやれる」という感覚をつかむことができシーズンに突入する。

「(メジャーのピッチャーの)フォームに対して、タイミングの取り方を少し修正しました。そこで自分の中でやれるという感覚は持てた」というイチロー。その言葉どおり、開幕戦からしっかりと結果を残した。

 開幕戦の相手はアスレチックスのエース、ティム・ハドソン。メジャーを代表する右腕相手だった。それでも・・・

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