東大史上6人目のプロ野球選手になった日本ハム・宮台康平。1年目から一軍登板を果たすなど、潜在能力の高さには首脳陣も熱視線を送り続けている。その宮台を大学時代に指導したのが浜田一志元監督。独自の指導法でチームの強化に尽力し、プロの舞台へとはばたいた宮台の成長を一番近くで見守ってきた。かつての指揮官が当時の思い出と心温まるメッセージを若きサウスポーに贈る。 取材・構成=松井進作 写真=BBM 僕が宮台を初めて見たのは高校(湘南高)のときですね。監督になる前は東大でスカウトをしていて「良いピッチャーだな」とずっと思っていたので、彼が東大を志望してくれて合格が決まったときはうれしかったですし、すぐに高校のほうに「入部届」を持っていきました。東大の子は野球をやりたいけど、やっぱり勉強を最優先にする子も多いので、逃げられないように(笑)。そんな僕の心配をよそに、本人は大学でも野球を続けることを決めてくれていたので、まずはひと安心したのをすごく覚えていますね。
入部して驚いたのがポール間走を見たときです。投げるうんぬんの前に、走るリズム感であったり、漂うセンスが明らかにほかの選手とは違いました。もちろんサウスポーからのボールの質も素晴らしいものがありましたし、僕が現役時代に一緒にプレーした大越健介さんや1学年上の市川武史さんのように大学4年間で7、8勝はしてくれるぐらいのレベルのピッチャーになるとそのときから思っていました。
ただ最初に短期間でしたけど、ちょっと・・・
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