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チームを変えた伝説の男たち

1997年の鈴木尚典 優勝前夜、マシンガン打線の誕生

 

ここからは、過去、自身が急成長、あるいは新人としてチームを劇的に変えた伝説の男たちを球団別にピックアップし、紹介していく。

悔しさをバネに96年秋季キャンプに参加する鈴木。背番号は「51」、98年より「7」を背負う


2人の指揮官のもと力をつけたV戦士


22年前、横浜に歓喜をもたらした伝説のマシンガン打線。中心にいたのは若く、大柄なクラッチヒッターであった。

 ベイスターズが前回優勝したのが1998年。就任1年目の権藤博監督が指揮を執り、日本一まで登り詰めた。しかし、当時をプレーしたOBに話を聞くと、「近藤(近藤昭仁)監督、大矢(大矢明彦)監督の時代があったからこそ、98年の優勝があった」と口をそろえて言う。

 横浜大洋ホエールズから横浜ベイスターズへと改称された93年に近藤監督が就任。助っ人ローズが打点王、石井琢朗が盗塁王を獲得した。94年には巨人から駒田徳広が加入。95年は打率ベスト10にローズ、波留敏夫、石井の3人がランクインするなど若手の起用に積極的だった近藤監督のもと、のちに「マシンガン打線」へとつながる背景がつくられていった。投手では93年最多勝の野村弘樹、抑えの佐々木主浩らが頭角を現したが、チームの勝利には結びつかずBクラスが続いた。

 潮目が変わったのが・・・

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