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藤川球児 現役引退

「火の玉ストレート」阪神・藤川球児 現役引退 希代のクローザーが現役に幕

 

8月31日、阪神の谷本球団本部長が会見で「藤川球児今季限りで現役引退」を公表。翌1日、西宮市内で「引退会見」が行われた。2005年に「JFK」という「勝利の方程式」でリリーバーとしてブレーク。ホップする、分かっていても打てない「火の玉ストレート」で、クローザーとして積み上げたセーブは日米通算245。希代のクローザーが22年間の現役生活に幕を下ろす。
文=岡部充代(元週刊ベースボール阪神担当) 写真=毛受亮介、BBM

引退会見を行う藤川。22年間の思いを約1時間に渡り語った


 もっと泣くかと思っていた。その姿を見て、きっと自分も泣くと想像していた。でも、違った。藤川球児の引退会見のことだ。

「22年間、どんな野球人生だったか」という質問には2分近くも言葉を詰まらせたが、それでも涙を流すことはなく、「セーフですね」と言って笑った。

 これまで何度か“公”の場で涙を見せてきた。2002年9月11日のプロ初勝利(対ヤクルト=神宮)、05年のリーグ優勝、06年8月27日のお立ち台(対巨人=甲子園)、15年シーズンオフの阪神復帰会見……単に“涙もろい”というのではなく、非常に感受性豊かで、責任感の強さゆえに流す涙が多かったように思う。

 特に印象的だったのはお立ち台で見せた涙だ。06年シーズン、阪神は連覇を目指し闘っていた。そして実際、そのチャンスはあった。8月9日時点で首位・中日と5ゲーム差の2位。しかし、その日の横浜戦(横浜)を最後に藤川が戦線離脱(出場選手登録抹消は同12日)すると、チームは翌日から4連敗、さらに22日から5連敗と明らかに失速し、中日との差は9に広がった。

 そんな状況で一軍復帰した藤川は27日の巨人戦(甲子園)に8回から登板。2イニングを投げて勝利投手となり、お立ち台に呼ばれた・・・

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