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長谷川晶一 密着ドキュメント

第二回 尽きせぬ「負けじ魂」 ≪投げ抹消≫の無念も石川雅規は前を向く/41歳左腕の2021年【月イチ連載】

 

今年でプロ20年目を迎えたヤクルト石川雅規。41歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は173。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2021年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

プロ20年目のシーズンが、いよいよ始まる


4月16日の阪神戦(甲子園)で今季初先発を果たした


 2021(令和3)年ペナントレースが開幕して1カ月が経過した。プロ20年目にして、初めて開幕ローテーションから外れて迎えたシーズン。テレビの前では、苦楽をともにしてきた仲間たちが懸命の奮闘を続けている。

「いつもは自分がその中にいたのに、今はテレビを通じて見ているのは不思議な感覚でした。当たり前だったものが当たり前じゃない。だからこそ、しっかり調整し、しっかりした考えを持たなくちゃいけない。あらためて、そんなことを感じながらテレビを見ていました」

 調整不良によってオープン戦の成績は散々なものだった。しかし、プロ20年目を迎え、41歳となった現在も、肩やヒジに不安はない。「調整さえきちんとできればきっと結果は出るはずだ」と信じて、石川雅規はファームで汗を流し続けた。

 4月2日の対千葉ロッテマリーンズ戦(戸田)ではプロ入り2年目の佐々木朗希と投げ合い、9日の対北海道日本ハムファイターズ戦(戸田)ではプロ3年目の吉田輝星と対峙した。球界の未来を嘱望される若者との対戦は石川にとってもいい刺激となった。

「相手投手と戦うという意識はないですけど、それでもイキのいいピッチャーとの対戦は、より一層の気持ちが入りますね。特に吉田君は地元秋田の後輩なので、“僕も負けられない”という思いでマウンドに上がりました」

 ファームでは2試合に先発し、2日は2回無失点、9日は3回を投げて無失点、復調の気配を感じさせる内容となった。

「結果的に無失点だったけど、2試合とも短いイニングだったので、もう少し調整しないといけないなとは思っていました。本当はもっと長いイニングを投げていくと思っていたけど、コロナの影響もあって二軍戦が中止となって、長いイニングを投げることができなかったんです」

 不測の事態ばかりが起こる21年シーズン。それでも、地道に、そして着実に、自らのやるべきことを黙々と行っていた。そして、石川に今季最初のチャンスが訪れた。4月16日、甲子園球場での対阪神タイガース戦での先発が決まったのだ。

高津臣吾監督への特別な思いを胸に


「登板前日の15日に、一人で大阪入りしました。前夜はいつもどおりに対戦相手の映像を見ながら、自分なりに“どうやって抑えようかな?”とイメージしていました。心境ですか? 期待と不安とワクワクと、そんな感じが入り混じっていました。プロ20年目になっても、こういう気持ちになるんですね」

 今季初めての一軍昇格後、チームメイトと合流した。つい先日まではテレビで見ていた懐かしい面々の顔がそこにある。高津臣吾監督の姿もあった。

「すぐに高津監督にごあいさつしました。監督には、“おぉ、身体はどうだ?”と聞かれたので、“大丈夫です”と答えると、“じゃあ、任せたぞ、頼んだぞ”と言われました。短いやり取りだったけど、そのひと言があれば十分なんです。監督からの言葉で、“よし、絶対にやってやるぞ”という気持ちになりました」

 2002(平成14)年にプロ入りした石川にとって、当時、不動のクローザーだった高津は雲の上の大先輩だった。以前、高津はこんなことを言っていた。

「監督として、選手はみんな平等に接しなければいけない。でも、石川は現役時代を一緒にやっているんでね……。僕のこともいろいろ知っているし、僕も彼のことをよく知っている。それはやっぱり、石川には特別な思いはありますよ」

 高津の思いは、石川もまた同様だった。

「高津監督とは現役時代をともに過ごしました。今の僕があるのは、高津さんの影響がとても大きいです。いろいろな相談をしたし、いろいろなアドバイスをもらいました。現役時代には、とてもかわいがっていただきました。だからこそ、“何とか高津監督を勝たせたい、笑顔にしたい”という気持ちは人一倍強いんです」

 石川が先発し、高津が抑えてチームを勝利に導いたことは何度もある。ときが流れて、現在は「監督とベテラン投手」という立場に変わった。それでも、両者の師弟愛は何も変わらない。いよいよ、満を持して石川が今季初マウンドに立った――。

16日、今季初先発を振り返って……


阪神戦では5回、藤浪に手痛い一発を浴びてしまった


「最近、よく思うんです……」

 石川はこう切り出した。

「……毎試合、毎試合、“もしかしたら、これが最後の登板になるかもな”って。そんな思いでマウンドに上がっているんです。あの日、甲子園球場のマウンドに立って、あたりを見まわしたときに、“ここで投げられるというのは本当にありがたいことなんだ”って思いました。別に引退を視野に入れてるというわけじゃないですよ(笑)。でも、1試合1試合の重みは昔と変わらないんだけど、感じ方は大きく変わりましたね」

 マウンドに上がれば抑えられる、投げれば勝てる、結果が伴っていた若き日々にはそんなことなど微塵も感じなかった。しかし、年齢を重ね、経験を積み上げ、考え方にも変化が生まれた。「マウンドに上がったときの景色を大切にしたい」と石川はつぶやいた。

 1回裏、阪神の攻撃が始まる。先頭打者・近本光司が左打席に入る。石川は「かなり緊張していた」と笑った。

「まずは、リアルな思いとしては“ストライクが入るかな?”というのが心配でした(笑)。館山(昌平)は全然緊張しなかったそうなんですけど、試合で緊張しない人が本当にうらやましいです。だから、先頭の近本君をファーストゴロで打ち取って、ようやく落ち着きましたね」

 この日の石川は好調だった。体調は万全で、調整もうまくいっていた。阪神先発の藤浪晋太郎も力投し、両チームともに得点が奪えない。しかし、思わぬところに落とし穴があった。5回裏、二死二塁の場面で藤浪に手痛い一発を食らって、2点を失ってしまった。石川の反省の弁を聞こう。

「藤浪君のホームランはもちろん反省すべきことなんですけど、最大の問題は一塁走者の梅野(隆太郎)君に盗塁を許してしまったことなんです。あの盗塁に僕は負けた。そう思っています。あの場面、ランナーを目で抑える、もっときちんとクイックで投げる、そういう作業を怠った結果が、あの2失点でした」

 結局、石川は5回2失点でマウンドを降りた。被安打は5で、6つの三振を奪い、先発投手としての最低限の役割は果たした。しかし、チームは藤浪の前に手も足も出ずに敗れ去った。石川は言う。

「チームが敗れてしまったので、“よかった”という思いはありません。でも、“やっと、僕の開幕がスタートしたんだな”という思いはあります。次の登板はまだ決まっていないけど、次はもっといいピッチングができるかもしれない。そんな手応えはあります。『スラムダンク』じゃないけど、“諦めたら、そこで終わり”ですからね」

石川の負けじ魂は、燃え盛っている


 石川の力強い言葉は、今後の手応えを予感させるものだった。しかし、その表情は、必ずしも晴れやかではない。なぜなら、16日の阪神戦終了後、石川はすぐにファーム行きを命じられたからだ。いわゆる「投げ抹消」、他投手との先発ローテーションの兼ね合いによるものだった。

「これまで、《投げ抹消》というのはあまり経験したことがありません。正直、複雑な気持ちはあります。でもそれが、今の僕のチーム内での立ち位置なのでしょう。僕はまだ先発ローテの一角ではない。これからチーム内での信頼を勝ち取って、少しずつ地位を上げていく、また、新たな目標ができた気がします」

 石川の目は死んでいない。阪神戦から1週間後の23日にはファームの対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(森林どり泉)に先発して、6回1失点に抑える好投を披露した。来るべき一軍昇格の日も、そう遠くない。なぜなら、石川の心は折れていないからだ。強く、激しい負けじ魂が燃え盛っているからだ。

「僕は弱い人間なので、一日の中でも気持ちの浮き沈みがあります。でも、唯一、揺るがない、変わらないのが、“負けてたまるか”の思いです。もちろん、今もその気持ちでいっぱいです。それが僕の原動力だし、それがないとやっていけないですからね」

 石川の言葉を逆説的に言えば、「負けじ魂さえあればやっていける」のだ。心身ともに不安はない彼は今、さらに燃えている。石川雅規の2021年シーズンはまだ始まったばかりだ――。

(第三回に続く)

取材・文=長谷川晶一 写真=BBM
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