週刊ベースボールONLINE


日本に1台しかないオーディオ装置とこの書庫兼応接間!
一刀斎先生の時代はなんだかよかった

 



 1月に出た新潮文庫の『この人を見よ 小林秀雄全集月報集成』が実に面白かった。新潮社は三次にわたって小林の全集を刊行したが、毎月1冊発売の全集には必ず月報が付いていた。ここに載った小エッセイ75本を集めたのがこの1冊。この中で芥川賞作家、というより『柳生武芸帳』や「一刀斎シリーズ」の野球小説で有名な五味康祐の一文が興味深かった。

 五味は知る人ぞ知るオーディオマニア。恐らく絶対音感を持った人なのだろう。『モオツァルト』を書いた小林は、五味の耳を信用しており、五味宅で日本に1台しかないというテレフンケンのS8型という再生装置の音を聴いてひどく気に入り、すぐに30数万円のテレフンケン(この商標にピンと反応する音楽好きは、もう80歳以上の人に限られるだろう)を手に入れた。これは1959年の話。ここに写っている毎日・山内一弘(左)、西鉄・豊田泰光(手前)の両スター選手でも、当時、月給30数万円もらっていたかどうか。まして、写真の56年なら。「興味深かった」と書いたのは、当時の流行作家や大批評家のフトコロが想像以上にあたたかかったことである。小林のテレフンケンが30数万円なら、五味の日本に1台しかないS8型は、一体いくらしただろうか。写真は五味の書庫兼応接間だが、こんなぜいたくな部屋を持つ流行作家は、いまはまずいないだろう(その書籍の質、価値まで含め)。

 五味はこの部屋にしばしばプロ野球選手を招き歓談した。手前の豊田もその1人だが、五味は豊田のシャープな受け答えが気に入り、「小林先生に会わせるよ」と小林の自宅に誘った。ここで、豊田は、小林の「スランプとは何か。なったらどうするか」のご下問に「食って、寝て、待つことだ」の名セリフを返したのは有名な話。小林はこの答えをいたく気に入り、『考えるヒント』の中で、これを紹介している。
おんりい・いえすたでい

おんりい・いえすたでい

過去の写真から野球の歴史を振り返る読み物。

関連情報

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング