遊撃手が定位置で盛んに両腕を回したり飛び跳ねたりするので、これが視界に入る打者は気になってたまりません。球審にやめるように注意してもらいましたが、遊撃手は「準備運動さ」と取り合いません。 許される行為ではありません。野球規則4.06には競技中のプレーヤーの禁止事項が列記されていますが、(b)にこうあります。
「野手は、打者の目のつくところに位置して、スポーツ精神に反する意図で故意に打者を惑わしてはならない」 ペナルティとして、
「審判員は反則者を試合から除き、競技場から退かせる。なお投手がボークをしても無効とする」とあります。
これはスタンキー・ルールとも呼ばれています。エディ・スタンキーは現役時代は二塁手や遊撃手で活躍し、現役引退後は8年間監督として鳴らしました。ニューヨーク・ジャイアンツ時代の1951年に、フィリーズとの試合で、二塁ベースの近くでしきりに動くので、フィリーズの選手から「目先にちらついて打つのに邪魔になるから、なんとかしてくれ」と審判団に訴えられました。当時はこの規則はありませんでした。
審判がスタンキーに注意すると、「柔軟体操で体をほぐす権利もないのか」と、反問され、あちこちで物議をかもしました。2年後の53年のルール委員会で現在の4.06(b)が採択されました。
日本でも73年8月2日の太平洋-
ロッテ戦(平和台)でこの規則が採用されました。9回裏の太平洋の攻撃で、二死後、レポーズに対するカウント1-1後の投球がストライクと宣告されたときです。レポーズはバットを放り出し、ロッテの
前田益穂遊撃手を指さして文句をつけました。投手の投球と同時に、前田が二塁ベースの後方で両手を差し上げたのが目に入り邪魔されたというのです。このときは審判団協議の結果、3球目の判定を取り消し、試合再開となりました。