今回の統一球変更の問題での加藤良三コミッショナーの挙動不審、言語不審(信)は驚くべきもので、「この人の人格というのは、どうなっているのか」とまで思わざるを得なかった。
モンテーニュの『エセー』の中にこんな一節がある(二の一)。「法王ボニファチウス八世は狐のようにその職につき、獅子のように振舞い、犬のように死んだと言われる」(原二郎訳)
モンテーニュは、同一人間の中にまったく矛盾した人間が何人も棲んでいることの例の1つとして、この一節を書いているのだが、この一節をそのままの意味に受け取っても、なかなか面白い。組織のトップにある権力志向型人間のたどる道は、まずこんなものだからである。
巧みな下工作でその地位につき(多分、巧言令色の世界だ)、ついてしまうと威張り散らし、最後はだれにも見放されて寂しく去る――。
だれも加藤サンのことだなんて言ってませんよ。でも、加藤コミッショナー、拙文を読んだら(読むハズもないか)、ああいう人だから、まず「犬のように……」に過剰に反応するだろうな。
こんな意地の悪いことを書くのも、筆者は、下田邦夫事務局長が気の毒でならないからである・・・
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