俊足の「一番・遊撃」として、弱小だった草創期に奮闘した。2009年にCS初進出。10年オフに訪れた突然の移籍。横浜・DeNA、西武を経て、再び古巣に戻ったのが18年だった。体が小さく飛び抜けた武器もなかったが、脇役として貫いた献身的なスタイルは、ファンに愛された。完全燃焼した14年間を本人がたどる。 取材・構成=阿部ちはる 写真=井沢雄一郎、BBM 11月6日の引退セレモニーで、息子から花束を受け取る際に飛び切りの笑顔を見せた
最後まで貫いた全力プレー
コロナ禍の影響で、会見やインタビューはすべてリモートで行われている。だが、9月13日の引退会見は本人の希望により、対面で行われた。チームメートやファンはもちろん、記者とのコミュニケーションも大事にしてきた渡辺直人。その人柄こそが、ファンから愛され、横浜・DeNA、西武と渡り歩きながらも多くの選手たちに慕われた要因だろう。2020年で40歳。松坂世代最後の野手が、ついにユニフォームを脱いだ。 ──引退を決断したのは、シーズンが半分ほど過ぎたころだったそうですね。
渡辺直 決断した時期をはっきりとは覚えていないのですが、自分の出場機会がなくなったことが一番の決め手になりました。また、今までは自分がうまくなりたい、自分が試合に出て活躍したいと強く思っていたのですが、今季からコーチ兼任となり若い選手、試合に出ている選手の成功がすごくうれしく感じるようになり、そして、その成長を手伝えていること、若手の必死な顔を見ていることにすごく幸せな気持ちになってきたんですよね。そのときに、これは選手としては違うのかな、ということで決断しました。
──11月6日に行われた引退試合の相手は、元チームメートがいる西武でした。
渡辺直 最後の試合がライオンズで、一緒にプレーしていた仲間と最後に野球ができるというのは本当にうれしいことでした。でも、ライオンズは順位争いをしている中でしたから、選手たちにやりづらさを感じさせちゃっているのかなと、申し訳なさというのも感じましたね。そこは少し複雑な思いでしたが、うれしかったです。
──本気でぶつかってくる相手に対し、2安打。チームも勝利しました。
渡辺直 内容的にはすごく満足していますし、自分がやりたかった野球というのが最後に出せたかなと感じました。
──ヘッドスライディングでの生還で先制しました。こういった全力プレー、体を張ったプレーというのが、直人選手の真骨頂です。
渡辺直 そうですね。野球の神様はいましたね(笑)。感動しました。
──第1打席に立つとき、そして9回、ご自身がずっと守ってきた遊撃の守備位置に就いた際にも涙が見られました。
渡辺直 ポジションに就いたときの景色は・・・
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