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第67回 ファンを巻き込んだ一体感――プロ野球にとって選手だけのもではない“夢”

 

 広島人気が、ここにきてさらに高まっている。春季キャンプでは例年の4、5倍の観客が訪れ、本拠地のマツダ広島では年間シート8300席が完売。近年はカープ女子など新たなファン発掘が目立つが、今年の熱気はひと味違う。球団関係者によると「黒田復帰の影響が大きい」という。

 黒田博樹のメジャー・リーグからの古巣復帰は、8年ぶりとなる。かつてのエースのユニフォーム姿は新鮮とは言えないが、ファンは熱狂的なエールを送る。年俸20億円(金額は推定)とも言われた本場のオファーを蹴り、「恩返しのため」に広島でのプレーを選択。メディア等でも繰り返し語られる“男気”あふれるドラマは、野球ファンならずともたまらないのだろう。

ファンから高い注目を浴びる黒田。広島に高い熱が生まれている[写真=毛受亮介]



 研ぎ澄ました技術を駆使し、最高のパフォーマンスを披露するのがプロ選手の使命。だが、スポーツで心が揺さぶられるのはそれだけではないことを、黒田が呼び覚ましてくれた。「メジャー挑戦のとき、ファンが後押しして、夢を果たすことができた。そのときの感動を、今度はファンにお返ししたい」。双方向での気持ちのやりとりが、人々のさまざまな思い入れを生み、支持を増やしている。

 高給を得るためや、アスリートとしての自己満足のためだけではなく、視線は別のところにも向けられている。ONをはじめ「スーパースター」と言われた選手は、その視点を常に持っていた。単なる数字だけでは計れない存在という意味では、黒田は久々に現れた球界待望のヒーローなのだろう。

 また、鳴り物入りでメジャー挑戦しながらも、ケガに泣いた松坂大輔が、9年ぶりに日本球界に復帰。「若手の壁になってほしい」というソフトバンクの口説き言葉に、入団を決意したという。昨年は特に中継ぎとしての登板が多かったが、「自分は先発」というこだわりが強い。滑るボールや固いマウンドでボロボロとなったフォームを取り戻しながら、怪物復活に向けた「リベンジ」が待つ。そのドラマを見届けようというファンが、野球熱を高めている。

 新たに日本のプロ野球からメジャーに移籍する選手が、今年はなし。1995-96年のオフ以来、19年ぶりに挑戦が途切れることになった。メジャー球団の日本人選手の評価が、以前よりもシビアになってきたという影響は間違いなくあるだろう。だが、ひたむきに夢に突き進むことを選択するより、冷静に周囲を見つめて決断するケースが目立ってきたのは確かだ。

 自分がいかに求められているか、どれだけ期待されているかは、選手にとってとても大事なことだ。大きなモチベーションになり得るし、修羅場での計り知れないエネルギーにも変わる。それを受けた選手の周囲への感謝の気持ちは、ファンを巻き込んだ一体感を生む。「このチームで優勝したい」として残留した鳥谷敬の決断も、球団創設80周年の阪神にどう影響するかに注目したい。

 一途に夢に突き進むことは、決して悪いことではない。ストイックさに共感し、見つめているファンも多いからだ。だが、不遜さと自我が先走り、周囲を置き去りにしているとすれば、お互いにとって不幸だ。プロ野球にとって、夢は選手だけのものではない。
日本球界の未来を考える

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週刊ベースボール編集部による日本球界への提言コラム。

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