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トミー・ジョン手術は野球界全体で考えるべき


 8月14日、右肘炎症の為、レンジャースのダルビッシュ投手が15日間の故障者リスト(DL)に入りました。日本人のファンからすると「先日の田中投手に続いてダルビッシュまでか……」と感じた方もいたのではないでしょうか。

右肘炎症のためDL入りしたダルビッシュ投手(写真=AP)



 ダルビッシュ投手の場合は軽度の炎症、田中投手はトミー・ジョン手術を受けませんでしたが、ここ数年のトミー・ジョン手術を受けたマイナーを含めた選手を調べてみると、2012年には46選手、2013年は24選手、今年はすでに8月17日の時点で63選手がトミー・ジョン手術を受けている事が分かりました。MLBのセリグコミッショナーも「毎日の新聞を見るのが怖い」と言っていたほどです。

 日本では手術を受けるという事は、「選手生命を絶たれるのではないか?」「もう投げれられないのではないか?」と、まだまだマイナスのイメージを皆さんがお持ちなのも知っております。

 しかし、アメリカでは歯医者に行き治療を受けるくらいの感覚にあたるので、メジャーリーグではこの手術に抵抗を感じないのです。

 さて、このトミー・ジョン手術ですが簡単に説明をしておきたいと思います。1974年にフランク・ジョーブ博士によって考案され、初めてこの手術を受けたのがトミー・ジョン投手だった事からこう呼ばれるようになりました。(日本では元ロッテの村田投手や元巨人の桑田投手が、最近ではニューヨーク・メッツの松坂投手もレッドソックス在籍時にこの手術を受けました。)

2012年オリオールズ時代にトミー・ジョン手術を受けた和田投手(現カブス)(写真=AP)



 手術方法は、損傷した靱帯(肘)を切除したうえで、患者の反対側の前腕(長掌筋腱など)や下腿などから正常な腱の一部を摘出し、切れた肘の腱に移植をします。

 手術後の肘の可動域を元に戻していくトレーニングが最も辛いと聞いております。メジャーリーグではこの手術を受けた日から復帰(約12か月から15か月)までを逆算し毎日のリハビリスケジュールも細かく指示が出されます。術後、通常の日常生活や運動が出来るまで投球を再開する事が許されない為、ここまで約7か月〜8か月を要します。精神的にはここが一番辛い時期です。

 このトミー・ジョン手術の成功率は、この30年間で90%にも達しています。また、リハビリの方法も年々改善され、投手によっては球速が手術前の状態に戻るだけでなく、手術前よりも速くなったという事例まで報告されているのです。

 アメリカのスポーツ医学の進歩は、目をみはるものがあると思います。また、アメリカの選手がどうして早い時期に手術に踏み切るかというと、自身がFA(フリーエージェント)になる前に完治させ、最高のパフォーマンスを出来る状態で自身を高く売り移籍をしたいとの見方もあると言われております。

 我々の球団としても、大げさな言い方をすればMLB全体でこの問題に真剣に向かい合う時期に来ていると私は思います。先日、チームの投手陣に日本の試合球を見せた事がありました。日本の試合球を握りながら皆が口を揃えて言ったのは「滑らない」「これだけ滑らないのなら滑り止めロージンは要らない」という事でした。

 私は、この中にヒントが隠されていると察しました。我々スカウトは医師ではないので専門的な知識はありませんが、メジャーリーグのボールは滑るので投げる時(正確に言うと手からボールを離れる時)に通常の投球動作に必要な筋肉と異なる筋肉に力が入って肘に負担が掛かっているのではと……。今後、球団内でも議論になるでしょう。

 7月にヤンキースの田中投手がトミー・ジョン手術を回避し保存療法を選択をしました。2013年ニューヨーク・メッツのハービー投手が同じ治療法を選択しましたが、この時は、結局改善されなかったのでトミー・ジョン手術に踏み切りました。

 今年からヤンキースに入団をした田中投手は7年契約(4年終了時に契約見直し)です。仮に今年トミージョン手術をしたとして2015年は全休、2016年シーズンから完全復帰すると契約最終年の2020年まで5年間はフルに投げれる計算になります。

 今回の治療で完治することなく残りのシーズンに復帰し、もし近い将来に肘痛が再発し手術をするとなると、約1年半の期間投げれなくなると共に戦列から離れなければいけません。再発すればこれは球団にとっても大打撃になるのではないでしょうか。これは私の憶測ですが、ヤンキースも早期の手術に踏み切りたかったと思っていたはずです。

高校野球の投球数は故障原因の本質ではない



熱戦が続く夏の甲子園。選手の故障を防ぐためには高校野球の前のジュニア世代から対策が必要



 さて、日本では夏の甲子園大会が始まり、日本の甲子園(高校野球)では必ず投球数や球速ばかりが話題となり、ピッチャー酷使にばかり注目が集まります。故障=投球数や急速にばかりに話題が傾くのではなく、未来ある子供たちが安全に投げれる“投球フォーム”を追い求め研究すると同時に、野球指導者の育成も必要ではないでしょうか。

 先日、日本へ行った時にある名門高校の監督と話す機会がありました。その監督は投球フォームに関してとても勉強をされている方でした。

 今までの経験上から肘痛がでる選手の特徴として「速い球を投げようとして投球動作に入り肘を力いっぱい伸びきった状態にし身体から遠くへ離してしまう投げ方をする選手は肘を痛めやすい」「肘や肩の痛みが出た選手はまずは投げさせない事が先決」と言っておりました。とても選手の事を考えている監督だと思いました。

 アメリカのリトルリーグでは州によって投手の投球制限数が決められております。(日本ではこのような制限が設けられているかは不明ですが)。

 ある州を例にすると、7〜8歳が1試合で50球、9〜10歳は1試合70球、14歳以下は66球以上を投げたら中4日の登板間隔を、15歳〜18歳なら76球以上で中4日間をそれぞれ空けなくてはなりません。これは少年の骨格がまだ出来上がっていない段階で、重い硬球を投げ過ぎれば肘の負担は計り知れないといった点からだそうです。

 日本では日本人投手の相次ぐ肘の故障について、高校時代の投げ過ぎと議論がされているそうですが、私はその前のジュニア世代から考える時期にきていると思います。

 果たして日本の中学野球、高校野球の指導者が肘が痛いと言ってきた選手に「将来があるのだから痛みがあるうちは投げさせない」と、言える指導者は果たしてどれくらいいるのでしょうか。

 日本だけではく、勿論アメリカでも指導者が自分の気持ちを通すだけの指導ではなく、選手の個性のあった指導方法を導いていける指導者を育てる為の講習会などを増やして、もっと沢山の選手が故障する事が無く野球界で活躍をして欲しいと思っております。
著者PROFILE
1950年代生まれ。現役を引退後、MLBスカウトに転身。メンタル・フィジカルのバランスの良い選手が好み。全米だけではなく日本球界にも太いパイプを築き、スカウティング活動に余念がない。
現役MLBスカウト「メジャーリーグレポート」

現役MLBスカウト「メジャーリーグレポート」

現役MLBスカウトによる連載コラム。スカウトならでは視点で日米の選手をジャッジするほかMLBについても語る。

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