文=斎藤寿子 写真=BBM 今季も走攻守でカープを支える菊池。7月14日の阪神戦ではタイムリーを放ち、チームの連続無得点を33でストップさせた
ユニフォームを着るとパッと変わる選手
守備の名手として、プロ野球の歴史に名を残すひとりであろう。
広島カープの
菊池涼介だ。カープファンならずとも、彼のプレーに魅了された人は少なくないはずだ。彼の好プレーで何度、味方投手は胸をなでおろし、相手打者は天をあおいだことだろう。
菊池は長野の武蔵工大二高(現東京都市大塩尻高)から愛知の中京学院大に進学している。菊池ほどの才能の持ち主を放っておくわけがなく、当然、中京学院大は高校時代から彼に目をかけていたのだろう、と思っていた。
ところが、同大野球部の近藤正監督に聞けば、菊池の存在はまったく知らなかったというのだ。当時、近藤監督が注目していたのは菊池のチームメイトのキャッチャーだった。そのキャッチャーを見るために、武蔵工大二高のグラウンドに行ったこともあったが、ブルペンでの練習しか見なかったため、菊池のプレーを見る機会はなかったという。
では、なぜ菊池は中京学院大に進学したのか。
「菊池は進学を希望していましたが、家庭の経済的な事情で行きたい大学には行けなかったと聞いてます。おそらく強豪校の野球部ではアルバイトができなかったからでしょう。しかし、うちはアルバイトをしながら野球を続ける部員も少なくありません。それで高校の監督さんが、私に『もうひとり、進学を希望している選手がいるのですが』と話をもってこられたんです」
近藤監督が初めて菊池のプレーを見たのは、入学前の2月のことだった。ひと目見て、目を丸くしたという。
「いやぁ、ビックリしましたよ。まだシーズン前ですから、基礎トレーニングしかしないのですが、いわゆる“三拍子そろっている”選手だということはすぐにわかりました。大学生の上級生もいる中、菊池の動きはずば抜けていたんです」
当然、菊池は1年春からリーグ戦に出場した。春のリーグ戦後にサードからショートにコンバートすると、「水を得た魚のように」(近藤監督)軽快な動きで好プレーを披露し、4年間で5度のベストナインに選ばれた。
近藤監督は菊池をこう評している。
「彼はふだん、まるで目立たないんです。ユニフォームを脱ぐと、正直どこにいるかわからないくらい(笑)。でも、いざグラウンドに出て、グラブ、バットを持たせると、パッと変わるんです。野球選手としての本能が目覚めるんですよ」
近藤監督が今でも鮮明に覚えているのは、菊池が大学4年の夏、オープン戦で20名ほどのスカウトが視察に訪れた時のことだ。
「菊池にもスカウトが来ていることは知らせてあったんです。ふつうの選手ならびびってしまうでしょうね。でも、彼はその試合でサイクル安打を達成したんです。改めて彼の勝負強さに感心しましたよ」
守備力に定評のある菊池だが、実はバッティングにも非凡な才能をもっていると近藤監督は言う。身長171センチと上背はないものの、大学時代には菊池のパンチ力は群を抜いていたのだ。近藤監督はこんなエピソードを明かしてくれた。
「うちのグラウンドは両翼が85メートルで、フェンスの上には高さ10メートルの防護ネットが張られているんです。その外野の先には道があって、そこを近くの幼稚園に通う子どもたちが通るんです。だから、子どもたちが通る時間帯、菊池にはバッティングを禁止にしていました。なにせフリーバッティングをさせると、10本中5本はネットを越えていましたからね」
さて、17、18日には恒例の“夢の球宴”が行われる。18日の会場は広島の本拠地・マツダスタジアムだけに、ぜひ菊池には彼らしい美技を見せてもらいたいものだ。そして、バッティングの方にも期待したい。強打者の豪快な一発も見応えはあるが、171センチの小柄な選手の強烈な一打もまた違った味わいがある。そして、それが子どもたちの夢の幅を広げるに違いない。