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日本シリーズ回顧録

【日本S回顧05】中2日、計238球の熱闘で日本一への流れを演出【2008年】

 

今年で68回目を数える日本シリーズだが、印象的な激闘は多々ある。ここでは過去の名勝負、名シーンを取り上げていこう。

日本シリーズ初登板で最高の投球


MVPを獲得し、仲間から空高く胴上げされた岸。「『どこまで上がるかやってみようぜ』って帆足さんが言い出して。悪ふざけですよ」と岸


 物静かな男が、大仕事をやってのけた。2008年11月5日、巨人西武の日本シリーズ第4戦(西武ドーム)。西武先発の岸孝之が負ければ王手をかけられるという重圧をはねのけ、日本シリーズ初登板ながらも最高のピッチングを見せ、日本一への流れを呼び込んだ。

 三番・小笠原道大、四番・ラミレス、五番・李承ヨプの主軸を同シーズン通じてわずか3度目となる無安打に沈黙させた。それだけでも巨人に甚大なダメージを残したというのに、その上、史上初となる毎回奪三振での完封劇。普段はたびたび過緊張に襲われる繊細な右腕が、これ以上ない大舞台で投じた147球が、巨人に傾きかけていた流れを止めた。

 わずか4安打に抑え、三塁すらも踏ませない投球。その球質の良さは、渡辺久信監督が7回を投げ終えたところで「最後まで行く」ことを岸自身に告げたほどだった。

 岸自身も「最後まで手応えがあった」と胸を張ったように、ストレートとチェンジアップ、スライダーはいずれも鋭くコースを突き、落差の大きなカーブを交えて巨人打線を最後まで翻弄した。

 とりわけ、抜き差しならないフルカウントからのピッチングは圧巻だった。生来、デリケートな男が、一歩間違えれば自滅につながりかねない場面で、勝負強さを見せた。

 この日、フルカウントとなったのは計9回。そのうち三振に斬って取ること5回。その上、クリーンアップから6三振を奪う快投。「ここぞというところで決まってくれた」と振り返る岸のボールの威力は、巨人打線の諦観を誘うほどだった。

指揮官は「岸と心中」と覚悟


渡辺監督(左)の岸の思い切った起用が日本一へと結びついた


 まさに手も足も出なかった巨人の、まさしく天敵として立ちはだかる。岸のボールにまったくタイミングの合わない巨人打線を見て、岸の中2日でのロングリリーフを渡辺監督が思い描いたのも当然の流れだった。

 そして、2勝3敗で迎えた、負ければ巨人の日本一が決まる、11月8日の第6戦(東京ドーム)、渡辺監督の頭の中では「今日はいいところで岸、というのが試合前からのプランだった」という。3対1と西武がリードした4回裏に、その場面は巡ってきた。制球の定まらない帆足和幸が一死一、三塁とされたところで、指揮官は迷うことなく背番号11をマウンドに送り込んだ。

「正直、中2日は考えていませんでした。その日の昼にあるかもしれないと電話があって。その電話があるまで完全にスイッチオフでした(笑)」

 期待に応えて岸は坂本勇人を中飛、鶴岡一成を空振り三振でピンチをしのぐと、疲労をまるで感じさせないピッチングを披露。当初、岸の登板は打席が回ってくるまでのひと回りの予定だったという。ところが巨人打線には、3日前に手も足も出なかったカーブに対する“処方箋”がまだなかった。この日もタイミングが合わない。これを見た渡辺監督は「流れを変えたくない」と、岸を代えようよしなかった。「最後まで投げ切るという気持ちがすごく出て、今日は最後まで岸と心中のつもりだった」(渡辺監督)。

 4対1の8回裏一死一、三塁のピンチを背負うも、「内野陣が集まってきて、誰かに『お前が打たれても俺が打つよ』と声をかけられたんです。そしたら『いや、俺が打つ』『じゃあ俺も!』とみんなが言い出して。ダチョウ倶楽部のあれです。だから、自分、ニヤニヤしていたはずです」と岸。明るい雰囲気にも助けられて、最後まで投げ抜き4安打無失点。第4戦から合わせて12回連続奪三振という日本シリーズ史上初となる記録もマークして、第4戦で引き寄せた流れをさらに、自らの手で西武へと傾けさせた。

 第7戦、チームは3対2と逆転勝利を飾り、4年ぶりの日本一。岸はMVPに輝いた。2試合で238球の熱闘。岸は「ひと回りもふた回りもチームの皆さんに大きくしてもらった」と言ったが、かてつは日本シリーズでエース級の投手が、先発・リリーフを問わず大車輪の働きをするのが当たり前の時代があった。その究極が西武の前身にあたる西鉄ライオンズの稲尾和久であり、巨人相手に連投に次ぐ連投を見せた。その稲尾の再来というのはオーバーにしても、不屈の「238球」は、そんな昭和の良き時代の空気をよみがえらせてくれた。

写真=BBM
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