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プロ野球仰天伝説

自らの腕をナイフで切り覚悟を示した大下弘監督/プロ野球仰天伝説135

 

長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。

“三無主義”と言われて


東映・大下弘監督


 1968年、東映監督に“青バット”の大下弘が就任した。現役時代、遊び人と言われた人らしく、サインなし、罰金なし、門限なしの“三無主義”と言われたが、要は性善説がベースの、ほったらかしの野球だった。作戦と言えるほどのものはなく、代打に迷い、候補の2人にジャンケンさせたこともある。

 そして、本人はきっぱり否定するのだが、不満分子の代表とも言われたのが張本勲。実際、大下は張本の悪気のない“直言”にしばしば傷ついていた。ある日、意を決し部屋に呼ぶと、「協力してくれ」と頼み、その後でナイフで右腕を切り、泣きながら「私の気持ちだ。分かってくれ」と言ったこともある。皮膚だけでなく、かなり深く切り、血の量も相当。すぐ病院に行っている。

 結局、結果が出せず、8月には休養となってしまった。張本は大下を「純粋無垢な人。監督にしてはいけなかった人だった」と表現した。

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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