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石田雄太の閃球眼

「あっ」と「おっ」の違い。あそびの中で身につく技術/石田雄太の閃球眼

 

メジャーでも“すごい打撃”を披露するエンゼルスの大谷翔平


 近所にある行きつけの居酒屋で懐かしい人にバッタリ会った。じつはその人、サッカー界の重鎮で、彼も同じお店の常連だった。以前、一緒に仕事をしていて約20年ぶりの再会だったのだが、相変わらずダンディーで、今も変わらず多くのサッカー関係者からの厚い信頼を寄せられている。いつもは野球人を集めて盛り上がる馴染みの店も、サッカー人の中に入るとアウェー感満載。それでも久しぶりに耳にするサッカー界の現場を知り尽くした彼らの話は新鮮で、刺激にあふれていた。

「ガマさん(釜本邦茂さん)のシュート練習、あれはすごかった。ほとんどが枠へ飛ぶ。なぜあれほど正確に枠へ飛ぶかと言えば、ボールを蹴る瞬間、余計な力が入ってないからなんですよ。足を思い切り振ろうとすれば、余計な力が入ってシュートが浮いてしまう。でもガマさんのシュートは力感なく蹴っているのに、すさまじい威力のボールがネットに突き刺さるんです。やはりガマさんは正真正銘のセンターフォワード、日本人No.1のストライカーですよ」

 力感なく足を振るのに、正確かつ威力のあるシュートが打てる。釜本さんの話を聞いて野球人が連想したのは大谷翔平のホームランだ。メジャーに行ってから足を上げずに打っている大谷のバッティング練習もまた、すさまじい。足を上げず、反動も使わず、最小限の動きでバットを振っているのに、ボールはとてつもなく遠くへ飛んでいく。それができるのは、見た目に分かりやすい筋力に頼ったパワーがあるからではない。下から上へ力を伝える身体の使い方ができているからこそ、タイミング、バランス、バットコントロールを揃えることができて、結果、パワー、つまりとてつもない飛距離が生まれる。

 若くして世界で活躍する選手が増えているように見える最近の日本サッカー界にも、釜本さんのようなストライカーがなかなか育ってこない理由についてきいてみると、これまた野球の世界で聞いたような話になるから興味深い。

 たとえばパスを受けて、シュートをするためにトラップする。そのトラップしたボールをコントロールし切れず、浮かせてしまったとする。その瞬間の反応は2種類あるのだという。

 それが「あっ」と「おっ」だ。

「あっ、しまった」と思えば、次の一手が遅れる。しかしそこで「おっ、浮いたぞ」と思うことができれば次の一手を考えることができる。自由度の高いサッカーに馴染みがある南米のサッカー少年はミスした瞬間、コンマ何秒で切り替えて「おっ」と胸踊らせて、次のことを考えられる。基本に忠実なサッカーを教わる日本のサッカー少年はミスをすると、教えられたことができなかったことを悔いて、「あっ」と焦り、監督に怒られる恐怖に包まれる。

 つまり、ミスした瞬間の「あっ」は後悔に、「おっ」は期待につながる。浮いたボールを次にどう蹴ってやろうかという楽しみにつなげる超ポジティブな切り替えは、誰かに怒られるとか、誰かに教えられたことを忠実にこなそうとしている子どもに身につく発想ではない。

 野球で言えば、ゴロが飛んでくる。そのボールを弾いてしまったとする。「あっ、しまった」と慌てて拾い、踏ん張って一塁へ投げる。よくある光景だ。同じく、ボールを弾いた瞬間、「おっ、よっしゃ」とばかりにそのボールを拾ってノーステップでジャンピングスローでもしようものなら、ほとんどの指導者は「横着するな」と怒るだろう。しかし、横着なことが問題なのではない。ノーステップで投げて暴投になったら、なぜ暴投になったのかを自分で考えて、自分で解決しようとする。大事なのはそこだ。教えられているばかりでは自分で考える能力は見につかない。

 12月9日、日曜日、昼の12時から早稲田大学安部球場の軟式野球場で『野球あそびをしよう』というイベントが行われる。野球チームに所属していない小学3年生から6年生の男女を対象に、野球場を開放し、自由に遊べる場を提供するのだという。野球であそぶ――昭和の時代は当たり前だったこの発想を今後、どのくらい取り戻せるのか。これは野球が次の世代へ生き残るために必要な一つのキーワードである。

 釜本さんのシュートも大谷のホームランも、習い事のような場で教えられて身につく技術ではない。あそびの中で数限りない成功と失敗の体験を積み重ね、どうすればうまくいくのかを自分で感じ、考え、やってみた末に身につく技術なのだ。子どもたちに基本を教えることを否定はしない。しかしミスを恐れず、試合で勝てないことも厭わず、あそびの中から自分で考えて、ミスをしながらうまくなっていくというアプローチもあっていい。早稲田の野球あそびのイベントから、そんなヒントをつかむ親、子ども、指導者がいてくれることを願っている。

文=石田雄太 写真=GettyImages
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