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編集部員コラム「Every Day BASEBALL」

甲子園5度優勝の名将・渡辺元智氏が説くリーダーとしての資質とは?

 

時代に合わせた指導


7月7日、高校野球神奈川大会の開幕試合で渡辺元智氏(横浜高元監督)が始球式を行った。4年ぶりの母校ユニフォームで、胸の高鳴りを抑えることができなかったという


 名将はやはり、神奈川の聖地・横浜スタジアムがよく似合う。2015年夏まで母校・横浜高を率いた渡辺元智氏(74歳)が7月7日、神奈川大会の開幕試合(金沢高−津久井浜高)で始球式を行った。

 渡辺氏は甲子園の監督通算勝利数で歴代4位タイの51勝をマーク。昭和、平成で一時代を築いた「YOKOHAMA」のユニフォームを4年ぶりに着用して、令和元年夏の1球目を見事に投じたのである。渡辺氏は現役時代、プロを目指してきたが、大学時代に右肩を壊して、選手生命を絶たれた苦い過去がある。監督就任以降、打撃投手を買って出る際にも、マウンドよりも前から投げてきただけに、18.44メートルの距離に不安だったというが、そこは大一番に強い勝負師。きれいな放物線を描いて、ミットに収まった。

 渡辺氏の監督としての功績を語る上で外せないのが、各年代で実績を残してきたことにある。春、夏で計5度の甲子園優勝を誇るが、1970(73年春)、80(80年夏)、90(98年春、夏)、2000年代(06年春)で甲子園の頂点へ導いた。

 これが、何を意味するのか――。生徒に寄り添い、時代に合わせた指導を実践してきたことに尽きる。

 高校野球に限らず、生徒指導は難しい時代になっている。世間では「パワハラ」が社会問題となっており当然、暴力はあってはならない。ここで、渡辺氏が訴えるのは人生における「限界にトライする」ことの重要性だ。

ノートに記された監督としての原点


「野球が、生きる術を教えてくれる」

 小、中学生のうちは礼儀、マナー、協調性を学ぶ時間として使い、野球をとことん楽しむ時期である。そして、高校3年間こそが唯一、「我慢」を覚える時間として使える時間だ、と。裏を返せば、この3年間を逃しては一生、我慢を経験することなく、社会へ巣立っていくことになる。それでは、人への思いやり、感謝の心を学ぶことができない。野球に限らず、スポーツが人生を教えてくれる。

「愛情が人を育てる」

 渡辺氏はどんなときも、生徒(部員)と真っ向から接してきた。「指導者はタフでないと。マニュアルどおりにはいかない」。個々の性格に合わせてアプローチする教育は、根気が必要な仕事である。会話からすべてが始まる。渡辺氏は人から聞いたこと、自ら気づいたことをメモに取る習慣があり、ノートには監督としての「原点」が記されている。

渡辺氏の著書


 高校野球に携わって50年。小社から発刊される書籍『人を育てる渡辺メモ』では、初めて、この直筆ノートを公開している。松坂大輔(現中日)や筒香嘉智(現DeNA)ら教え子とのエピソードからも、人としての教えを説いている。野球人に限定されず、多くの人々がこの「金言」を読むことによって、生きる活力を得ることができるはずだ。また、社会のリーダーとしての資質も、この本に凝縮されている。

「愛情がなければ、人は動かない」

 ネット社会で、便利な世の中になった。だが、人と人とのつながりが希薄になっているのも事実。しかし、それでは人は育たない。渡辺氏は74歳であるが、今も多くの青少年への野球普及、講演活動等を通じて「日本の精神文化を失ってはならない」と、世の中に発信し続けている。そんな時代だからこそ「生徒は昔よりも、愛情に飢えている」と語る。我慢すること。耐えて勝つからこそ、生きる喜びにつながる。それを教えるのが、指導者の役割。甲子園の名将が書き綴る一言一句には、説得力がある。ぜひとも、手に取ってほしい一冊に仕上がっている。

文=岡本朋祐 写真=田中慎一郎
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