ドミンゴの2球目に、しっかりと犠打を決めた川相
プロ野球の歴史の中から、日付にこだわってその日に何があったのか紹介していく。今回は2003年8月20日だ。
偉業達成は6回に訪れた。この日、東京ドームで行われた横浜戦。
巨人が2点をリードした6回一死一塁で代打に
川相昌弘の名前が告げられると、スタンドが一気に沸いた。
そして、2球目。誰もがバントと分かっている場面で、いつものようにあっさりと、川相は512犠打の世界記録を決めた。
「送りバントが成功した瞬間は、走りながら顔が笑ってしまいましたね。ただ、転がすのがやっとで、あまりいいバントではなかった。(走者の)二岡(智宏)がよく走ってくれた。彼をスライディングではなく、スタンディングで進ませたかったんですけどね」
記録達成後も交代せず、7回にセカンド、8回にサード、9回にはショートと守備位置をイニングごとに変えて守った。
原辰徳監督の「名手と呼ばれた守備も見てほしい」という意図からだった。
三塁線、三遊間と2度、飛びついての好守もあった。川相自身、「自分には、守備があったからスタメンで試合に出ることができた。世界記録を達成できたのも、そのおかげだと思います」と胸を張る。
試合後にはナインからの胴上げ。「やってくれそうな雰囲気があったんで、上がったときの顔の角度を考えていた」と笑うように、しっかりカメラ目線だった。
写真=BBM