週刊ベースボールONLINE

週べ60周年記念

毒舌ながら広島・広岡達朗新コーチには説得力があった?/週ベ回顧

 

 昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

江藤慎一はヤクルトへ?


表紙は阪神江夏豊


 今回は『1970年3月16日号』。定価は80円。

 1970年春季キャンプ、広島のキャンプ地・日南では“秀才コーチ”(そう書いてあった)広岡達朗新コーチの厳しい指導が続く。

 少しさかのぼるが、
 自主トレ初日、つまり広岡にとってはコーチ初日、選手のランニングを見ての第一声が「なってないな」だった。
「なんの目的でランニングをやっているのか、その意図がまるでわからない。ゴー、バックもそうだ。ホイッスルが鳴って二、三歩歩いてからじゃないと方向転換ができない。あんなことじゃやっている意味がありませんよ」
 さらにベンチに置いてあったグラブを見て、
「このグラブは誰の? ゴロを捕るグラブと違うな。これじゃ捕れませんよ」
 とバッサリ。

 毒舌(?)はキャンプでも変わらず、堅実な内野守備を誇った今津光男
「あんな守備でよくも十何年、プロの選手が務まったものだ。グラブさばきがなっちゃいないし、カッコウをつけすぎる。掛け声だけでは打球は処理できないんだ」
 と言いたい放題だった。

 もちろん、選手にはいやがられたが、表立って広岡コーチへの不満が出てこないのは、その指導姿勢にもある(怖かったのもあったと思うが)。
 指導が理論的で分かりやすいことに加え、すべて自分でやって見せるのだ。ランニングでは先頭に立ち、ノックも自ら受けて実演し、それがまたうまい。
 しかも、なぜ両手捕球が必要か、腰を落とすのか高校生に指導するかのように身振り手振りで教え、選手がやっているときは、
「いま何を考えている」「いまなぜそんな動きをしたの」
 と問いかける。
 名コーチだったのは間違いあるまい。

 水原茂監督と衝突し、中日を任意引退となった江藤慎一。しかし、その後、「このまま引退は惜しい」という鈴木龍二セ会長の説得もあってヤクルトで復帰が決まった(と書いてあった)。

 なお、このころもまだ、キャンプは相部屋。
 巨人宮崎キャンプの宿舎・江南荘の201号室は長嶋、土井、柴田、202号室は王、国松、相羽だったようだ。

 では、またあした。

<次回に続く>

写真=BBM
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング