一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。 森のアドバイザーは野村克也
今回は『1970年11月16日号』。定価は80円。
あっという間だが、苦労を重ね、前号で優勝した巨人がこの号ではもう日本一になった。同じくシーズン中は苦労した
長嶋茂雄がMVPに選ばれ、賞品のトヨタの車にまたがり、笑顔で手を振る。
このシリーズで4本塁打を放った長嶋。三塁を回り、ホームに向かう際、笑顔で1メートル近くジャンプする写真が掲載されていた。
まさに千両役者である。
ただ、終わってみたら4勝1敗と巨人が楽勝の展開だったが、ポイントは1戦目、この試合次第でどう転んだか分からない。
あまり脚光を浴びることはないが、隠れた名勝負と言っていいと思う。
先発は巨人・
堀内恒夫、
ロッテ・
木樽正明。エース対決にして、66年入団の同学年対決でもあったが、2人はともに意地を見せ、スコアボードにゼロを並べる。
驚いたのは巨人のロッテの四番・
アルトマン対策だ。4四球(3敬遠)と徹底して勝負を避けた。
試合は0対0の延長11回裏、巨人が
黒江透修のサヨナラ弾で勝利。堀内は完封勝利だ。
捕手の森昌彦はしてやったりとばかり笑う。
「ピンチの連続だった。堀内が例によって堀内らしい試合をしたといえばそれまでだが、こんなにしんどい試合はちょっとない。だが、データをフルに使わせてもらったから勝てた。それが勝因だ」
当たり前だが、アルトマンを歩かせるだけでいいわけではない。続く五番の
有藤通世を完全に封じ込めたからこそ生きた敬遠策だった。
「アルトマンを歩かせたのはベンチの指示もあるが、ワシの作戦でもあった。左で一発のあるアルトマンより、右の有藤との勝負を選んだ。データをみてもらえば、だれだってそうするさ」
パで右の堀内と一番タイプが似ていると言われたのが、東映の
金田留広。ロッテ打線は、この年、金田に2勝7敗と苦戦し、有藤は26打数5安打、打率.192だった。
ロッテの打者は皆、「俺のウィークポイントばかり投げてくる」と森のリードに舌を巻いた。
この年、データでは有利と言われていたのが、早々に優勝が決まったロッテだった。調査チームを送り込み入念に研究した。対して巨人はぎりぎりの優勝決定で調査が十分だったわけではない。
それでもデータで巨人が勝ったのはなぜか。理由は2つある。
1つめはデータの生かし方。歴戦のツワモノがそろう巨人は、最低限の情報でも、それを有効活用することができた。対してロッテは情報がそろい過ぎもあったが、それに無理に合わせようとし、本来のイ
ケイケ野球ができなかった(主に打線だが)。
そしてもう一つは森のよく知られた情報源だ。この年もペナントレース終了後、森はすぐその男のもとに向かった。
南海・
野村克也兼任監督である。
2戦目以降、森はアルトマンへの敬遠攻めをやめたが、それでもほぼ完ぺきに封じ込めている。1戦目でアルトマンに「巨人バッテリーは逃げる」とインプット。あとはボール臭い球で勝負し、それにアルトマンが手を出す、という流れだったようだ。
さらにいえば、1戦目でシリーズの流れをつかんだと確信し、巨人らしい勝ち方にこだわったのかもしれない。
捕手・森昌彦こそ、陰のMVPだった。
5試合中、ネット裏で一喜一憂していたのが、ロッテ・永田雅一オーナー。
最初の2戦までは連敗にも景気のいい「ラッパ」を吹いていたが、徐々に手を合わせ「南無妙法
蓮華経」と必死に祈る姿が目立ち始めた。
第3戦、0対3の劣勢から8回裏に3対3に追いつきながら11回表、長嶋茂雄に決勝2ランを浴びて敗れて3連敗となった後には、無念と怒りで涙を浮かべた。それでも、
「くよくよするな。こうなったら勝ち負けは別だ。ロッテらしい思い切った豪放なゲームをやれ。やけくそでやれ」
と言った。10年前、1960年大洋相手に4連敗で負けた日本シリーズでは、負けるたびに当時の
西本幸雄監督の采配を責めまくったが、これも月日の流れか、それともかつてのようなワンマンオーナーではなくなったからか。
4戦目、ロッテが初勝利。これが永田オーナーにとっても日本シリーズ初勝利となる。ゲームセットの瞬間、中村長芳オーナー代理と抱き合い、ただ「やった、やった」と言いながら大粒の涙を流した。
果たして1勝でこれほど喜んだオーナーがかつて、いや、その後もいただろうか。
ただ、思いは届かず、翌日の敗戦でジエンド。永田は、
「残念だ。残念だ。ただ正力オーナーにも言ったのだが、来年は必ず雪辱させてもらう。選手もよくやってくれた。韓国遠征が終わったら、選手と家族を慰労しようと思っている」
と話し、報道陣に「ご苦労さん」と頭を下げると、神棚に向かい手を合わせた。
まだ、この号はネタがあるので、もう1回やる。
では、また月曜日に。
<次回に続く>
写真=BBM