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パ・リーグ6球団 21世紀最強のエースは?

 

北海道日本ハムファイターズ



「最高の本格派にして、最高の変化球投手」とも呼ばれ、北海道移転後の日本ハムを一躍、強豪チームへと押し上げた絶対的エース・ダルビッシュ有。150キロを超える剛速球に加え、細かく分類すれば15種類以上にも及ぶ多彩な変化球もすべて一級品。自身の変化球のノウハウを惜し気もなく披露した『ダルビッシュ有の変化球バイブル(小社刊)』も2009年に発売し、球種をさらに加えたアンコール版、書籍版も異例の現役時代に出版するなど、真っすぐな野球への探求心は多くの選手たちに多大なる影響を与えた。NPBでプレーした7年間の通算防御率も驚異の「1.99」。日本ハムのみならず、日本球界の歴史においても希有な存在として、現在もMLBの舞台で力を見せつけている。

東北楽天ゴールデンイーグルス



 初代エースの岩隈久志、現エースの則本昂大も候補に挙がるだろうが、田中将大で異論はないはずだ。ドラフト1位で入団した2007年に11勝をマークして新人王に輝いた。そして何と言っても、球団初のリーグ優勝、日本一に輝いた13年の活躍だ。前人未到のシーズン24連勝0敗。そしてリーグ優勝、CS制覇、日本一のマウンドには常にこの右腕がマウンドにいた。MVP、最多勝、最優秀防御率、最高勝率、そして沢村賞。あらゆる賞を総なめにして、メジャーへと羽ばたいた。

埼玉西武ライオンズ



 21世紀では2001年から06年の6年間西武に在籍し、今季14年ぶりに復帰した松坂大輔がやはり21世のエースだろう。01年は15勝をマークし、3年連続最多勝を達成。02年はケガの影響もあり6勝に終わったが、巨人との日本シリーズ初戦も託された。03年からは16、10、14、17勝を挙げて07年からはメジャーへ。03、04年には2年連続で最優秀防御率も獲得。完投数は01年から12、2、8、10、15、13を数え、02,03年以外はリーグトップを誇った。先発したからには最後まで投げ切る。古き良き時代のエースの矜持を胸に抱いた最後の世代と言えよう。06年にはWBCでも世界一に貢献、大会MVPにも輝いている。西武だけでなく、球界のエースと呼べる存在だった。

福岡ソフトバンクホークス



 一軍実働は11年と決して長くはなかったが、21世紀にとどまらず、ホークスを代表する大エースと言っても過言ではない。斉藤和巳のまばゆい輝き、功績はいまもなお、多くの人々の記憶に鮮明に残っている。王貞治監督(当時)から直々に開幕投手の大役を任された2003年は、開幕戦の勝利から始まり20勝(3敗)、勝率.870、防御率2.83。沢村賞も獲得した。同年から4年連続で2ケタ勝利をマークし、4年間トータルで64勝16敗と勝率8割は驚異だ。06年には18勝、5完封、勝率.783、205奪三振、防御率1.75と投手5冠を達成する活躍で2度目の沢村賞に輝いている。最後は3度目の手術の末に選手登録を外れ、現役復帰はかなわなかったが、数年にわたり懸命にリハビリに励む姿は見るものを熱くさせた。また、斉藤のすごさは数字だけではない。大舞台で見せる気迫のこもった投球など、マウンド内外での立ち振る舞い、生き様すべてで、チームを背負う者の覚悟を感じさせた。

千葉ロッテマリーンズ



 エースの称号に必要なのは、何も成績ばかりではない。マウンド上の姿勢で、ナインを鼓舞したのが黒木知宏だ。三振を奪えばマウンドで咆哮するなど、闘志むき出しの投球スタイルから“魂のエース”と呼ばれた背番号54は、1997年に2ケタ勝利(12勝)をマーク。21世紀となった2001年には、3月24日の西武との開幕戦(西武ドーム)に先発して、相手先発・松坂大輔に対して投げ勝ち、21世紀初のプロ野球勝利投手となっている。以降、肩、ヒジを痛めて苦しみ、2007年限りで引退したが、闘志あふれる投球は、今なおファンの心に焼き付いている。

オリックス・バファローズ



 オリックス・バファローズとして参加した初のドラフト(2004年秋)自由獲得枠で入団した金子千尋(現・弌大)が、エースに上り詰めた。2006年に一軍デビューすると、08年に初の開幕投手を務めて2ケタ10勝をマーク。リーグ2位に躍進した14年は16勝5敗、防御率1.98でタイトルを総なめし、沢村賞にも輝いた。故障がちではあったが、ベンチだけでなく、ファンからも信頼を寄せられた絶対的に。18年オフに日本ハムに移籍したものの、山岡泰輔ら現投手陣に大きな影響を与えたエースだった。

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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