週刊ベースボールONLINE

ライオンズ「チームスタッフ物語」

ライオンズの“食”を確立させる――愛情深く選手に接する管理栄養士/ライオンズ「チームスタッフ物語」Vol.08

 

グラウンドで躍動する選手たちだけではなく、陰で働く存在の力がなければペナントを勝ち抜くことはできない。プライドを持って職務を全うするチームスタッフ。ライオンズを支える各部門のプロフェッショナルを順次、紹介していく連載、今回は食事の面からチームを支える管理栄養士を紹介しよう。

学生トレーナーから管理栄養士へ


西武・虎石管理栄養士


 管理栄養士だが選手の球場入りに目を凝らす。

「食べ物や飲み物を手にして来る選手も多いですから。何を持っているのかな、と。あと、表情を見ますね。元気だったり、疲れがすごく出ていたり、選手個々の状態が見て取れますから」

“観察すること“を大事にしています……と柔らかな笑みをたたえながら話す姿からは、あふれんばかりの“母性”が感じられる。きっと、選手全員に対してあふれんばかりの愛を持って日々、食事に対してのアドバイスを送っているのだろう。

 2019年5月、西武球団は学校法人帝京大学と業務委託契約を締結し、同大学が持つスポーツ医科学の専門的知見から選手の栄養管理を強化し、パフォーマンスの向上を図ることを発表。同大学のスポーツ医科学センターに所属する管理栄養士2人が球団に派遣されることになったが、その1人が虎石真弥だった。

「プロ野球球団をチームとして見るのは初めて。野球を勉強しましたね(笑)」

 虎石が管理栄養士を志したきっかけは大学時代にある。専修大学アメフト部で学生トレーナーを務めていたが、ケガ人が続出。選手に対して懸命に施術していたが、思うようにいかない中、チームドクターから「体の中から変えるアプローチをしてみてはどうか」とアドバイスをもらった。それまでチーム全体が食に対して無頓着。練習後はカップ麺を食べたり、炭酸飲料を飲んだり、好きなように飲食物を口にしていた。タイミングよく、管理栄養士がアドバイザーとしてチームに加入。トレーナー活動と並行しながら、栄養面からコンディションを整えるためのアプローチをするようになった。

 もともと将来、スポーツの現場で働くことを夢見ていた虎石は管理栄養士に興味を抱き、大学卒業後は専門学校へ。しっかりと知識を蓄え、経験を積んだ後、管理栄養士の資格を取った。最初に勤務した会社ではオリンピアンや帝京大ラグビー部などのサポートにかかわったが、やがて経験値のみに頼ることに不安を抱き、退社して女子栄養大大学院へ進学。骨と栄養に関する研究をテーマに、エビデンスを取り入れた栄養サポートを考えるようになった。その後、2011年に帝京大スポーツ医科学センターに入り助教となって、今に至る。

“選択肢”を増やせるように


食堂には多種多様なメニューが並ぶ


 管理栄養士の仕事とは何か。虎石は「スポーツ選手であれば、日常にある“食べる”という行為に対してきちんと自分の頭で考え、コンディションにつながるようにアシストする仕事」だという。

 西武球団と結んだ主な契約内容は以下だ。

・栄養面を考慮した選手寮の献立(メニュー)の監修

・一、二軍宿舎(遠征・キャンプ時などのホテル)での食事メニューの監修

・各選手の健康状態や環境など個々の選手に合わせた栄養指導の徹底およびアドバイス

・球団本部チーム統括部のメディカル・コンディショニンググループと連携し、ケガの予防ならびにケガをしたときの早期復帰に向けた栄養アドバイス

 そんな中、チームに帯同するようになった虎石がまず取り組んだことは食環境を整えることだった。

「ちょうど新しい若獅子寮ができるタイミングだったので、変えるなら今だ、と。チーム専属の給食会社と一緒に選手が“選択肢”を増やせる環境づくりに着手しました」

 選手の体の状態は千差万別だ。そのとき、自分の体に必要と感じる食べ物は違う。食事の種類が少なければ、“選択肢”は狭まって、ひいてはそれが選手のパフォーマンス低下につながってしまう。

「選手の体調、気持ちに合わせて、『今日はこれを食べて試合に臨もう』と最後にテンションを高められるようにしたいな、と。選択肢が多ければ、私自身も選手に『今日どういう体調か?』と聞いて返ってきた答えに対して、『じゃあ、今日はこういうものを組み合わせて摂ろう』というアドバイスできます。温かいものは温かい、冷たいものは冷たい、そういう衛生的なものも含め、「おいしそう。何を食べるか悩む」というくらい品数があるのがベスト。麺も3、4種類あって、カレーも毎日バリエーションがあって、スープ、サラダ、フルーツや飲み物も品数多く。今季はコロナの関係もあって制約がありますが、なるべく選手が選べるように。選手には気持ちよく、ベストの状態で試合に臨んでほしいですから」

 食事は人にとっての楽しみであり、リフレッシュする場でもある。口うるさく指導されることに対して嫌悪感を抱く選手もいることも理解している。しかし本当に必要なことはタイミングを逃さずに伝えることは伝える。

「私は一軍担当ですが、興味を持ち、食と体をつなげて会話をする選手が増えてきましたね。またポジションによるカラーもあり、例えば中継ぎ陣だったら、誰かが試しているのを見ると、一緒になってやっていく。こちらも勉強になります」

食に“楽しみ”を入れることも重要


選手と積極的にコミュニケーションを取る


 選手が食に対して関心を持つようになったのも、虎石のアプローチが非常に細やかだからだろう。

「選手の性格に合わせて、接し方を変えているつもりです。私はほかのスタッフの方と違って、契約上、チームに帯同できる日数が週に3、4日と限られています。だから、できるだけ球場に来た日に、選手の表情を探ったり、会話をかわすようにしたりしています。成績などによって選手の気分にも波があると思うので、話しかけるタイミングも計っています」

 選手個々に資料を手渡すこともあるが、それも多くは手書き。デジタルではなく、アナログ。心のこもった温かみのある資料を膨大な量ではなく簡潔にまとめて、その選手だけのオリジナルを渡す。それは選手にとってありがたいことなのは間違いない。

 ただ、まだ試行錯誤を重ねているという。

「こちらから仕掛けて、選手に気付かせるアプローチはもっともっと必要かなと思います。自分の体にとってベストな食べ物を、自分で選択できるように導くのが私の仕事で、ゴールですから。選手に食への意識が浸透していく過程をしっかりと見届けたいです」

 野球と他競技との違いにも気付かされた。毎日、試合がある野球は“教科書”に載っていないことも必要だという。

「野球は目の前にすぐ試合が迫ってくるので、食事でガチガチに縛って窮屈にしてしまうとストレスがたまってしまいます。楽しみな要素を食事に入れないといけないというのは感じました。例えば試合前にしっかりした食事を摂るのは栄養学の観点からはあり得ません。でも、野球はそうではない。消化がいいからとさっぱりし過ぎた食事ばかりが並んでいると、『さあ、行こうぜ!』という気持ちになりません。選手の食欲が失せないように、楽しみをどう作っていくか。メリハリには気を付けています」

日替わりの立て看板で食に関する知識を選手に伝える


 また中村(剛也)選手、栗山(巧)選手の食に関するルーティンからは学ぶことがあるという。「例えば試合前に食事を摂る時間もほぼ同じ。どんな状況でも波を作らないことが、体と気持ちを強くし、長くプレーしている要因だと感じます」

 最近はナイター後に食事を摂って帰宅する選手も多い。

「意外とベテラン選手がそうですね。できるだけ早く飲食をしたほうが疲労回復にはプラス。これも野球ならではのことですが、限られた時間で体も気持ちもリフレッシュしなければならない。家に帰ってからの時間を有効に使いたいこともあると思いますが、より確実に回復できる環境作りを考えています」

 虎石が所属するメディカル・コンディショニンググループは互いをリスペクトし合って、選手をサポートいくことを厭わないスタッフばかりだという。恵まれた環境で虎石はさらに食がチームに根付くことにまい進する。

「一軍だけでなく、ファームや三軍にも。西武ライオンズの食を確立させたいですね」

 一人ひとりのパフォーマンスを高めるために、今日も虎石は愛情深く選手に接していく。

(文中敬称略)

文=小林光男 写真=球団提供
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング