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昭和助っ人賛歌

過小評価? 阪神球団史に輝く“日本一胴上げ投手”ゲイルが1年で造反者になった理由/昭和助っ人賛歌【プロ野球死亡遊戯】

 

ワールド・シリーズでも先発登板


チームの中心投手して85年の阪神日本一に貢献したゲイル


 1985年、ヒゲ面の男が子どもたちのヒーローになった。この年の9月13日に任天堂から、ファミコンソフト『スーパーマリオブラザーズ』が発売されたのである。マリオが大魔王クッパにさらわれたピーチ姫を助けるために高速スクロールでステージを駆け抜ける。三度の飯よりBダッシュ好き。そのシンプルな爽快感は瞬く間に大きな話題となり、これまでゲームに興味を持たなかった層にもコントローラーを持たせた。生まれて初めて買ったソフトがスーパーマリオという人も多いはずだ。この大ヒット(のちに国内だけで売上げ600万本を突破)により、ファミコンは“国民的ゲーム機”の地位を確立していくことになる。

 同じ頃、球界は猛虎フィーバーで沸いていた。阪神タイガースが2リーグ制後初めて、そして現在にいたるまで唯一の日本一に輝いたのである。西武との85年日本シリーズで歓喜の瞬間にマウンドにいたのは、2メートル近い長身の背番号45。3失点完投勝利を挙げた、リッチ・ゲイルだった。

 ニューハンプシャー出身のガリバー右腕は背も高ければ、プライドも高い。大リーグ通算7年間、55勝56敗、防御率4.55。爆発的と称されたスライダーと速球で鳴らし、メジャー1年目にいきなり14勝をマーク。81年のロイヤルズ在籍時には、ワールド・シリーズで先発登板をしている。しかし、年々ボールのスピードが低下すると移籍を繰り返し、84年にはレッドソックスで2勝3敗、防御率5.56。危機感を覚え減量し、30歳にしてプエルトリコのウィンターリーグで投げているところをスカウトされた。

 当時のNPBは一軍外国人選手枠が2人で、阪神は打線の軸を年俸8600万円のランディ・バース、投手陣の柱を年俸7500万円のゲイルに託したのだ。性格は真面目で神経質。英和辞典や日本紹介の本を何冊も買い込み来日するが、春季キャンプの投内連係では言葉が分からず四苦八苦。国際電話の通話料金は月額10万円ペースだ。31歳、異国の地での孤独が骨身に沁みた。それでも、吉田義男監督や米田哲也投手コーチに相談し、独自のマイペース調整を許された。登板前には「ノー・クエスチョン!」なんつってピリピリムードで、報道陣からの質問は一切受け付けない。ベンチの救急箱を何気なく触った記者を一喝したこともある。「ちょっと神経質なところはある。しかし、その神経質な面が細かい日本の野球にうまく早く適応できる要素となっている」と米田投手コーチは右腕を評した。

日本シリーズでも2勝をマーク


西武との日本シリーズでは胴上げ投手となった


 立ち上がりを安定させるため、先発直前までブルペンで約50球を汗だくになりながら全力投球。練習が終わったあとは2キロの鉄アレイを両手に持って肩とヒジの強化運動を欠かさない。開幕から先発ローテで回り、5月18日には巨人戦でハーラートップタイに並ぶ4勝目を来日初完封で飾った。なお、後楽園球場での試合のため東京へ移動する前日には、午前9時に誰もいない甲子園を走る背番号45の姿があった。ひとり黙々と走り、チーム練習が始まる正午にはすでに家族のもとに帰る。

「午後4時に新幹線に乗るというのに、昼から練習していて家族サービスができるかい? 日本人はどうして家族を放り出してまで“仕事、仕事”っていうのだろうネ」

 一歩間違えばワガママと批判されかねないが、6月6日には巨人戦で2試合連続完封の快投を見せる。ゲイルはすでに虎の舶来エースだった。この年の阪神は“猛虎打線”が好調で序盤から首位争い。『週刊ベースボール』でも阪神特集が多く、7月22日号には「弱体投手陣を甦らせた男 リッチ・ゲイル独占インタビュー」が掲載されている。この取材時で7勝5敗、防御率3.65。198センチの長身について得をしたことを聞かれると、「低めに投げるときには角度がつくから有利だ。高めへ投げるときは、クロス気味に投げて、打者のタイミングを外すように心がけている」と真面目に答える一方で、こんな悩みも明かしている。

「損といえば、日本へ来てから、よく頭をぶつけることだ。広島へ遠征したときは、和風旅館だったので、部屋の電灯をこわしてしまったよ。ケガはなくて幸いだったけどね」

 球場の通用口でも頭をゴツンが日常茶飯事。神戸のマンションから甲子園まではひとりで電車に乗ることもあれば、バースの愛車シビックに同乗させてもらうこともある。料理には自信があり自炊も苦ではない。ちょっとドジな庶民派助っ人と思いきや、巨人戦で5万人以上の大観衆で投げることについては元大リーガーのプライドをチラ見せ。

「ボクは大勢のお客さんの中で投げることについては、比較的慣れているし、プレッシャーもあまり感じない。ワールド・シリーズで先発したこともあるからね」

 スリークオーターとオーバースローを投げ分け、来日当初は速球で押していたが、相手が慣れてくると次第にチェンジアップを多投する技巧派の組み立てが多くなる。フィールディングやクイックモーションに難があり、広島の徹底的なバント攻撃や盗塁で揺さぶられ、夏場には勝ち星から見放された時期もあったが、次第に復調するとローテの勝ち頭としてゲームを作った。チームは巨人と広島との三つ巴のV争いから抜け出し、9月11日には優勝マジック22が点灯。引き分けで優勝を決めた10月16日のヤクルト戦は神宮球場が一塁側まで黄色に染まり、関西テレビ中継の平均視聴率は57パーセント、瞬間では74.6パーセントと凄まじい数字を叩き出した。阪神百貨店のタイガース・ショップでは、10月売上げが4億5000万円と例年の62倍を記録。猛虎フィーバーは社会現象となり、“トラキチ”は85年新語・流行語大賞の銀賞を受賞する。

 ゲイルは33試合で13勝8敗、防御率4.30。その防御率の高さを指摘されたが、チーム最多の190回2/3を投げ、西武との日本シリーズでは先発で2勝を挙げて優秀選手賞に選ばれた。球団史上唯一の日本一はこの男の存在なくしては成し遂げられなかっただろう。ペナント中盤の勝てない時期には、自ら「もうオレを中継ぎにしてくれ」と申し出たが、「先発として獲得したんだから先発でやってもらうで」と起用し続けた吉田采配も光った。しかし、だ。そんな“Vの使者”は翌86年に批判の対象となる。

2年目は初っ端から吉田監督と衝突


2年目の86年は吉田監督(左)との関係は最悪になった


 なにせスタートからボスと衝突してしまう。通訳を通して「開幕投手をやらせてくれ」と直訴するも、「ウチのエースは池田だ」とつれない返事。ゲイルは3戦目に回った。『週刊ポスト』86年10月31日号には「吉田阪神のベンチ裏はメチャクチャだった」とゲイルの爆弾告白インタビューが掲載されたが、オープン戦の登板回数が少なかったことや、ペナントでも左打者が多くて走れる広島や大洋には向いていないと、登板間隔を空けられたことに対し不満をぶちまけている。

 吉田監督との関係が決定的に壊れたのが、7月11日の金曜日のことだ。その日の午後、出産を控えているスーザン夫人が帰国する予定となっていた。夜には仙台への遠征移動があるため、監督は翌日の先発登板に備えて練習に出ろと言う。いやワイフを見送りたいから休ませてほしいとゲイルは主張する。だが当時の仕事至上主義の日本球界には通用しない。結果的に背番号45は遠征メンバーから外される。助っ人のワガママと斬り捨てられたのだ。7月の終わりに巨人戦で挽回の先発登板のチャンスを与えられるが、6回1安打の好投にもかかわらず、あっさり交代を告げられてしまう。オレはまだ投げられる。なんで自分に聞いてくれない。8月26日のヤクルト戦では5回2失点でまたも代打を送られた。この試合後、ついにゲイルが報道陣の前でブチギレた。

「今夜の交代は納得できない。はっきりいって不満だ。今夜の内容(4回まで被安打1だけ)からしても、なぜ交代なのか。なぜなんだ!」

 Vの使者はわずか1年で造反者になってしまった。前年の日本一チームも86年シーズンは勝率5割で3位確保がやっと。ゲイルは打線の援護にも見放され、27試合で5勝10敗、防御率4.56。だが、161回2/3は2年続けてチーム最多だった。通算成績は60試合で18勝18敗、防御率4.42。すべて先発で黙々と352回1/3を投げた。当時の阪神で誰よりも投げたのだ。イニングイーターとして、もっと評価されてもいい投手ではないだろうか。

 それでも、わずか2シーズンの在籍ながらも、その勇姿を記憶している野球ファンは多いだろう。まだ屋根のない秋晴れの西武球場で、デーゲームで開催された85年日本シリーズ第6戦。強風でゲームセット前にグラウンド上を紙吹雪が舞う異様な雰囲気の中、試合開始からマウンドに立ち続けるヒゲ面の助っ人。もう36年も前の出来事だが、最後の打者・伊東勤を投ゴロに打ち取った歓喜の瞬間は、伝説として語り継がれ、その後何十年と繰り返し映像で多くの人々に見続けられることになる。

 なお、1年目はシーズン途中からヒゲを蓄えだしたゲイルだったが、もちろんスーパーマリオの影響……ではなく、オフに帰国したら故郷のニューハンプシャーの冬山で趣味のハンティングを楽しもうと心待ちにしていた。あのヒゲはその防寒のためだという。

文=プロ野球死亡遊戯(中溝康隆) 写真=BBM
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