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稲尾和久の栄光の背番号24が消える/週べ回顧1973年編

 

 3年前に創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

中日の科学トレーニング開始


表紙は巨人高田繁



 今回は『1973年1月29日号』。定価は100円。

 栄光の背番号24が消えることになった。

 西鉄、いや太平洋クラブ監督、稲尾和久の24だ。

「3年前、監督となったとき、外すつもりだったんだ。でも、ファンや球団が24番は西鉄のシンボルだと言われてね」 と稲尾。西鉄最後とともにケジメをつけようと思ったのだろう。

 球団は永久欠番にはせず、「ヒーローが出たときのプレゼントとして贈りたい」。これに対し、功労者に冷たい、という意見もあったようだが、稲尾は、「24はニシという西鉄の代表番号だった。今度の81は末広がりの8だし、ハッピーとゴロもよい」と笑顔で話していた。

 中日の科学トレーニングが話題となっていた。

 まずは72年秋のキャンプ。愛知県立大の白い研究着の人たちが大きな機械を持って現れた。ブルペン脇に設置されたのが、投手の球速を測るためのものだ。

 さらに翌日には数人の投手が愛知教育大の岡崎分校に連れていかれ、体のあちこちにコードを巻き付けられ、ピッチング。筋肉の使い方の測定。ほかにも動体視力などもチェックした。

 これは科学的トレーニングに興味があった近藤貞雄コーチ、塚田直和コーチが、松井秀治名大教授に依頼し、始めたものだった。

「科学的なデータで把握できたら、コーチの人たちも、いままでとは違った合理的な指導ができると思うのです」と松井教授。果たして成果は。

 では、またあした。

<次回に続く>

写真=BBM

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