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東京2020オリンピック

五輪がプロのものではない時代を駆け抜けた“ミスター・アマ野球”杉浦正則の矜持

 

五輪がアマチュアのものだった時代、五輪の魅力に惹かれ、「アマチュアでいること」にこだわった男がいた。同大から社会人・日本生命に進んだ杉浦正則投手。まさに、オリンピックに捧げた野球人生だった。

二者択一を迫られた時代


アトランタ五輪を控えた代表合宿にて


 杉浦正則の同大時代は立命大・長谷川滋利投手(オリックス1位)と同学年のライバル。4年秋に神宮大会優勝投手となったが、「大学4年のときに、アジア競技大会の日本代表の選考合宿に招集され、日の丸を背負って戦うことに魅力を感じた」という杉浦は、プロからの誘いを断り、日本生命に入社した。

 金属バット時代の社会人球界でピッチングの技術を上げた杉浦は、入社2年目の1992年にバルセロナ五輪代表に選出。準決勝のチャイニーズ・タイペイ戦で先発した翌日、3位決定戦となった米国戦でも連投し、試合終了までの4回1/3を1安打無失点に抑え銅メダル獲得に貢献するなど、早くも主力投手として活躍した。

 杉浦は帰国後、都市対抗で日本生命を優勝に導き、橋戸賞(大会MVPに該当する最高の個人賞)を受賞。アマチュア球界No.1投手として、全盛期を迎えていた。大学から社会人入りし、充実の2年間を終えた24歳。当然ながら「ドラフト1位で指名したい」というプロ野球からの誘いは多数、杉浦のところに届いた。

 しかし、杉浦は首を縦に振らない。「都市対抗で優勝しても、五輪の悔しさは晴れなかった。五輪の悔しさは五輪でしか晴らせないと分かりました」と、銅メダルに満足していなかったからだ。やるからには世界の頂点に立ちたい。アスリートとしての本能だろう。

 ともにバルセロナ五輪を戦った伊藤智仁(ヤクルト)、杉山賢人(西武)、小桧山雅仁(横浜)は1位指名され戦いの場をプロ野球に移したが、「プロに行くかどうかを考えたときに、次の(96年の)アトランタ五輪で金メダルを取りたい気持ちのほうが、プロに行きたい気持ちより強かった。だからドラフトの前にお断りました。プロには行きませんと」。

 五輪は4年に1回なので、次の五輪が終わると28歳。普通に考えて、プロ入りするには遅い。プロ野球に魅力を感じないわけではなかったが、「アトランタを目指す」と決めた時点で事実上、「自分の人生に、プロ野球はない」と決断したのだった。

3度目の出場で日本選手団の主将に


 その選手の価値観によるものなので正解はないが、「五輪か、プロか」という決断は当時の有力アマチュア選手にとって大きなものだった。杉浦とは逆に、五輪の夢よりプロ野球の夢を選ぶ選手もいた。例えば日本生命で杉浦のチームメートだった仁志敏久は、アトランタ五輪予選までは日本代表としてプレーしていたが、アトランタ五輪を翌年に控えた95年秋、巨人を逆指名してプロ入りを決めた。この決断も相当悩んだ結果だった。

 そのアトランタ五輪で唯一の2回目の出場選手だった杉浦は、松中信彦(新日鐵君津)、谷佳知(三菱自動車岡崎)ら年下の選手たちの兄貴分的存在として、そしてもちろん主力投手として、銀メダル獲得に貢献。五輪後は28歳の杉浦にプロからの誘いが依然として来たというが、銀メダルに満足しなかった杉浦は、当然のように4年後のシドニー五輪を目指した。

 その後、制度が変わり、プロからも五輪に出場できることになる。2000年のシドニー五輪はプロから松坂大輔(西武)ら8人が出場。杉浦はそこでも代表入りし、主将に就任した。投手陣の軸は20歳の松坂や26歳の黒木知宏(ロッテ)となり、32歳・杉浦は重要な勝負どころで登板する立場の投手ではなくなっていたが、杉浦の経験は必要とされ、プロ・アマ合同チームのまとめ役を担った。

 3大会連続の五輪出場だった杉浦は、野球のみならず他競技を含めた日本選手団の主将も務めた。出発前の壮行会では皇太子同妃両殿下(現・天皇皇后両陛下)や森喜朗首相(当時)の前で決意表明のスピーチをした。各国の代表選手たちが華やかなコスチュームで思い思いに行進する開会式の場は「野球の試合が近かったので参加できなかった。自分だけでも出たかった(笑)」と杉浦は振り返っている。

 結果的にシドニーではメダルを逃したが、この時点で「次の大会(04年アテネ)でオール・プロ」と決まっていない。しかし杉浦は「4年後のアテネで36歳となったときの自分は、日本代表レベルにないだろう」と潔く決断し、シドニー五輪後に現役引退した。五輪に出られないのなら現役を続けるモチベーションを保てない。いかにも杉浦らしい決断だった。

 プロからの誘いを断り続け、五輪に捧げた野球人生。五輪がアマチュアのものだった時代を駆け抜けた「ミスター・アマチュア野球」だった。(文中敬称略)

写真=BBM
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