MVPの投票に関して、普遍的なものは、そこにストーリーがあるかどうか。2001年のイチローは、日本人初の野手でチームの勝利に貢献しタイトルも獲得するという物語があった
ダラスモーニングニュースのエバン・グラント記者はレンジャーズを長年取材してきた大ベテランだ。「初めてBBWAA(全米野球記者協会)の賞に投票したのは1994年。新人王か監督賞のどちらかだった」と振り返る。以後毎年投票、特にMVPを担当することが多かった。
「MVPのVALUABLE(価値のある)は主観的なもの。人によって違うし、それで良い。私の中だけでも25年の間にずいぶん変わった」と明かす。「99年、レンジャーズのイバン・
ロドリゲス捕手が選ばれたが、私はチームメートのラファエル・パルメイロに1位票を入れた。当時の私は打率、本塁打、打点といった昔ながらの打撃3部門が重要と信じた。パルメイロは本塁打と打点でパッジを大きく上回っていたから」と言う。
03年はレンジャーズのアレックス・ロドリゲスが47本の本塁打王でMVP、ただ1位票はロドリゲスが6票、ブルージェイズのカルロス・デルガドが5票、
ヤンキースのホルヘ・ポサダが5票と分散した。
「私がアレックスに入れなかったのは、71勝91敗とチーム成績が芳しくなかったから。そのころは価値とはチーム成績に違いを付けるものと考えていた」。11年はタイガースのジャスティン・バーランダー投手がMVP。しかし彼は一人だけレンジャーズのマイケル・ヤング遊撃手に入れた。
このころから判断材料としてWARが重視され始め、ベースボール・リファレンスで見るとバーランダーは8.6でヤングは2.7だった。「批判は甘んじて受ける。私はマイケルが毎試合プレーしチームに貢献したことを評価した。先発投手は毎日試合に出ないし、投手のためにはサイ・ヤング賞がある」と弁明した。
その年のレンジャーズは地区優勝しワールド・シリーズ第7戦まで戦っている。さて現在のグラント記者は「データに関してはまずはWAR、それからOPS、OPS+を見る」と大きく変わったことを認めた。しかしながら時には、データよりも大事なものがあり、それは昔も今も不変だと指摘する。
「ストーリー性がMVPを考える上ではとても重要だ。41年56試合連続安打のジョー・ディマジオが、2冠のテッド・ウィリアムスを抑えMVPとなった。連続試合安打記録は当時社会的に大きな関心を集めた。ウィリアムスはその年打率4割で、MLB史上最後の4割打者となっているが、1900年から41年までの間には13度達成されていた」とのこと。
2001年、イチローがMVPに選ばれたときは、一位票はイチローが11票、アスレチックスのジェイソン・ジアンビーが8票、マリナーズの
ブレット・ブーンが7票と分散した。「データで見ると、ジアンビーはWARでもOPSでもイチローを大きく上回った。ブーンもイチローより上だった。だがあの年、初めて日本人野手がメジャーの舞台に現れ、首位打者と盗塁王に輝き、チームも116勝。素晴らしいストーリーでインパクトが大きかった。だからイチローがMVPに相応しかった」。
投票における判断材料となる個々の数字は入れ替わったかもしれない。しかしどれだけストーリー性が高いかという価値は不変なのである。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images