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【MLB】エンゼルスのベテラン広報が有罪評決。陪審員の短時間の決定に違和感

 

スガックスは2009年エンゼルスのドラフト1位指名で左腕エースとして期待されていた19年シーズンの7月に遠征先のテキサスのホテルで窒息死した。原因は薬物だが、で提供者は広報。その裁判での評決が下された


 タイラー・スカッグス投手の死で、薬物提供者として元エンゼルスの広報担当エリック・ケイに有罪評決が下り、最短でも禁固20年、終身刑となる恐れもある。

 筆者は1997年にMLBの取材を始め、大柄で陽気なケイ広報のことはそのころから知っている。もちろん彼が合成オピオイドの常習者で、スカッグスにお金を渡され、ディーラーから買って、一緒に服用していたことなどは知らなかったが、今回の評決でスカッグスを死に追いやった重罪人とされ、対照的にスカッグスは被害者で、遺族が「正義が貫かれたことに安堵しています」と声明を出したことに違和感を覚えた。

 2人ともオピオイドの常習者で、ドラッグディーラーをケイに紹介したのはスカッグスで、ケイから錠剤をもらえるとほかのチームメートにつないだのもスカッグスだという証言がある。

 そして亡くなった日も、本人がオピオイドの一種で合成麻薬性鎮痛剤のフェンタニル、オキシコドン、アルコールなどを同時に摂取するという危険な行為を行い、嘔吐して窒息死した。スカッグスは27歳の大人で、別にケイに強制されたわけでもない。

 だが弁護人が自己責任を主張しても12人のテキサスの陪審員は1時間半もかけずに評決を下した。ケイに責任がないというわけではない。ただアメリカでは違法合成オピオイドの乱用は深刻な社会問題で、鎮痛や陶酔作用があり、長期の服用や多量摂取で依存症を引きおこし、最悪のケースでは死に至る。

 発表されているデータによると18歳から45歳の死因第一位で過剰摂取で命を落とす人が過去20年で50万人以上に上っているという。そして通常こういった死は、アクシデントとして扱われ、逮捕も裁判も行われない。それが今回はメジャーの有名選手だったために、遺族が有名な弁護士を雇い、徹底的に調べ上げた。

 ケイは薬物をさばいて儲けるいわゆるドラッグディーラーではないのだが、あの日錠剤についてスカッグスとテキストでやり取りし、ホテルの部屋にも行き、死に関与したのは確か。それで有罪となった。

 陪審員制度で思い出すのは有名なアメリカ映画「十二人の怒れる男」である。57年製作の法廷もので、父親殺しの罪に問われた少年について、提出された証拠や証言は少年に圧倒的に不利なもので陪審員のほとんどは有罪を確信していた。ところがヘンリー・フォンダ演じる陪審員8番だけが異議を唱え、時間をたっぷりかけ疑わしい証拠や証言を一つひとつ再検証する。映画が秀逸なのは、陪審員にはいろんな人がいることをしっかり描いたこと。

 冷静沈着で論理的な人、軽薄で簡単に意見を変える人、責任感が強い人、差別意識や偏見を持つ人、そもそも裁判に全く興味がない人などなど。いろいろな人たちがいて意見を戦わすことで制度が機能しているのが分かった。

 だが今回の陪審員裁判には陪審員8番のような人物はいなかった。おそらく最終弁論の前に有罪と決めていたのだろう。最短でも禁固20年、終身刑となる恐れもある重い刑を下すのに、もっと議論して欲しかったと筆者は感じている。

文=奥田秀樹 写真=Getty Images
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