野球以外の仕事で頑張っている元プロ野球選手をパンチ佐藤さんが訪ねる好評連載、今回のゲストは甲子園優勝投手で元中日の左腕・山田喜久夫さん。現在は古巣・バンテリンドームナゴヤの近くにわらび餅の専門店「喜来もち」を構え、わらび餅職人として自ら製造・販売しています。テレビのグルメリポーターの経験豊富なパンチさんは、山田さんが作ったわらび餅の味をガチで絶賛していました！
※『ベースボールマガジン』2022年4月号より転載

甲子園で倉敷商高に敗れ、星野監督から指名!?

　山田喜久夫さんは、東邦高校2年春に甲子園準優勝、3年春では優勝投手になったサウスポー。89年秋のドラフトでは地元・中日に5位指名された。そのときの1位は与田剛投手(NTT東京)。そしてオリックスの1位は与田さんの亜大の1年先輩でもあるパンチさん(熊谷組)だった。山田さんとパンチさんは「ドラフト同期指名」ということになる。

パンチ　甲子園で優勝するのって、どういう気分なの。

山田　そのときはうれしかったのですが、その後もずっとそれが付いて回るというか、地元では常に見られている気はしましたね。悪いことはできませんよね。

パンチ　東邦高校って、お行儀いいでしょう。愛知県には「寄るな○○、触るな△△、□□見たら110番」という言葉もあるけど(編注・高校名は自粛)。

山田　ありますね(笑)。東邦はそこに出てこないので、比較的おとなしいほうなのですかね。

パンチ　なんで東邦を選んだの？

山田　あの純白のユニフォームで甲子園に行きたかったんです。中2のときに東邦を志望したときは体が小さくて(プロ時代の登録は173センチ)断られたんですけど、中3になって大会で結果を出したら「来てくれ」と監督の阪口慶三先生(現大垣日大高監督)に言われ、他の強豪校からも誘われたんですが東邦以外は考えなかったです。

パンチ　阪口先生は厳しかったでしょう。どんな3年間だった？

山田　もう戻りたくないですね。水も飲めなくて、かなり厳しい練習でした。それでも、野球をさせてもらっている、周囲に感謝すべきということに気付かされましたけど。

パンチ　それって大切だよね。プロを意識したのはいつ？

山田　センバツで準優勝して(2年春)、翌年は優勝して、ひょっとしたらと思いましたね。

パンチ　プロを意識してからはどんなトレーニングをした？

山田　人が10本走るところを15本走りました。高校の東郷グラウンドというところから星が丘の校舎までバスで30分くらいかかるのですが、自分は走って帰ったりしましたね。


パンチ　そういう努力を、野球の神様は見ているんだよなあ。プロ野球のスカウトも見てた？

山田　それらしい人々は練習のグラウンドにも来ていましたよ。

パンチ　サングラスとか、しているんだよね(笑)。試合だけじゃなく、普段の練習を見るのも大事だからさ。それで、中日から5位指名。当時は星野仙一監督だよね。

山田　僕は3年夏の甲子園1回戦で、星野さんの出身校の倉敷商高に負けたんですよ。入団後、「だから取ってやったんだぞ。あそこでウチに勝っていたら、ドラゴンズへの道はなかったぞ」と言われましたね(笑)。

パンチ　それは冗談だったんだろうけど、あこがれの地元球団に入って、シビれるねえ。

山田　うれしかったんですけど、阪口先生からは「絶対にテングになるな。応援してもらっている気持ちを忘れるな」と言われていました。僕はドラフト何位だろうがドラゴンズからの指名にうれしさしかなかったのですが、5位指名だったので阪口先生は当初、機嫌が悪かったんですよ。

パンチ　大学や社会人の話はなかったの？

山田　ありました。甲子園で優勝したので、社会人の強豪チームから「大卒の給料で」と誘われたり、東京六大学からも声が掛かったりしましたね。

闘将に尻を叩かれた初登板、初球がデッドボール

パンチ　プロに入って、最初の印象はどうだった？

山田　新人合同自主トレで1位の与田さんとキャッチボールしたら、球が浮き上がってくるんですよ。こんな世界に入って良かったのかと思いましたね。与田さんは大学・社会人経由で僕は高校生だったといえ、同じ新人でこんなに差があるのかと。僕はそのとき、「高卒だから3年後に出てくればいい」とかそういう感覚はなかったんですよ。

パンチ　それは、高校の阪口先生の教え？

山田　そうです。「3年とか5年とか悠長なことを言っている場合じゃない。お前なんか体が小さいんだから1年目からアピールしないと、すぐ忘れられるよ」と。

パンチ　すごいね。普通は「じっくりと鍛えろ」とか言うのに。じゃあ、高卒から入って、最初からガムシャラだったんだね。そこで「何とかなりそうだ」と思った瞬間はあった？

山田　自分はカーブが得意だったのですが、二軍の試合で空振りを取ったとき、このボールはプロでも通用するのかなと思いました。

パンチ　左バッターからすると、嫌なボールなんだよね。山田君の成績を見て驚いたのは、意外と勝ってないんだよね。通算6勝？　もっと勝っているのかと。

山田　中継ぎだったからですね。先発したのは今中(慎二)さんが骨折した一時期(92年前半)だけで、あとは中継ぎです。

パンチ　それでか。なんか、いつもテレビで投げていた印象があるよ。プロ初登板のときは覚えている？

山田　震えましたね。キャッチャーが大石友好さんで、無死一、三塁の場面ですよ(90年7月30日、広島戦)。

パンチ　ナゴヤ球場？　それは震えるねえ。

山田　勝ちゲームだったんですよ。バッターは右の代打の高沢(秀昭)さん。星野監督からは「とりあえず、1人アウトを取ってくれたらいいから」と言われたのを覚えています。それだけ言われて、お尻をポーンと叩かれて。

パンチ　初球は何だった？

山田　インコース低めの真っ直ぐだったんですけど、高沢さんにデッドボールを当てちゃいました。

パンチ　1球でノーアウト満塁だ。プロ初登板の初球がデッドボールというのも珍しいよ。続投？

山田　ベンチを見たら、星野さんは黙って腕を組んでいましたね。次のバッターは左の長内(孝)さん。キャッチャーの大石さんからは「打たれてもいいからな」と言われたのですが、それでリラックスできたのか、三振を取れました。

パンチ　それはナゴヤ球場が大歓声だろうねえ。

山田　星野監督が出てきて「キク、ご苦労さん。ナイスピッチングだ」と言って、与田さんに交代です。


パンチ　それは忘れられないね。プロの初球で死球を出して満塁にしても、次は三振に抑えるんだから。星野さんからは、キャンプではどんな指導をされたの？

山田 「山本昌から、右バッターを抑えられるシュートやシンカーを教えてもらえ」と言われましたね。

パンチ　それで、教えてもらったの？

山田　教えてくれないですよ(笑)。「盗め」というだけで。

パンチ　そうだよねえ。

山田　ブルペンの後ろから観察して、見よう見まねです。それからは、中継ぎで何とか起用されるようになりましたね。

　巨人・長嶋茂雄監督が「国民的行事」と呼んだ「10.8」。94年10月8日、勝ったほうがリーグ優勝決定というナゴヤ球場でのシーズン最終の中日対巨人戦で、巨人は槙原寛己、斎藤雅樹、桑田真澄と必勝の豪華投手リレーだったが、中日は、先発の今中慎二が4回5失点で降板すると、2番手で登板したのが中継ぎの山田さんだった。内心で「なんで俺なんだ」と思っていたという山田さんは先頭の松井秀喜にソロ本塁打を浴び、打者1人で交代。当時の中日・高木守道監督は総力戦にしない「いつも通り」の采配が批判された。山田自身も「なんでお前が投げたんだ」と心ない誹謗中傷を受けたという。

「高木さんはシーズン中と同じように戦いたくて、いつもの『リードされたゲーム』の感覚の投手リレーだったんですよ。後で、『気にするな。使った俺が悪かったんだ』と声を掛けてくれました。僕は松井から逃げずに真っ向勝負したので、本塁打を打たれましたが悔いは残っていません」と、山田さんは当時を思い出して胸を張る。

打撃投手を引退後、わらび餅作りの道へ

パンチ　一時期、キク山田という登録名だったことがあったよね(95年)。

山田　あの頃のドラゴンズには他にも山田投手(山田洋)がいて、さらに「山」から始まる名前の選手がたくさんいたので、誰かが「ヤマ！」と呼ぶとみんなが振り向くんですよ。そんなときにオリックスでイチローが、鈴木一朗から登録名を変えたので……。

パンチ　それ、俺も一緒だから(笑)。

山田　そうですね(笑)。だからパンチさんたちの二番煎じじゃないですけど、僕もあやかろうかと。

パンチ　俺たちはカタカナ登録名の日本人選手のハシリだな(笑)。でも東邦高校で全国優勝して、ずっとドラゴンズでやっていて、地元では「山田喜久夫」といえば知名度抜群だったんじゃないの。

山田　おかげさまで、今でもそれは感じます。若い人は知らないでしょうけど、ちょっと上の世代なら電話で「山田喜久夫です」と言うだけで「ああ、あのキクちゃん？」と言われますね。

パンチ　現役時代、星野監督からは何を学びましたか。

山田　闘志です。ユニフォームは戦闘服。「キク、お前は小さいから、相手の懐に潜り込まないと勝てないんだ」と。強打者と対戦するときはインコースを攻めていけと。

パンチ　対戦して印象的なバッターは。

山田　広島の前田智徳ですね。バットが遅れて出てきたと思ったら、あっという間に遠くに弾き返されていました。

パンチ　山田君は現役の最後、カープに行ったよね(99年)。

山田　金銭トレードです。その前の年に、ヤクルトの野村克也監督からも交換トレードを申し込まれ、中日は断ったらしいんですけど、翌年に広島の監督の達川(達川晃豊)さんが「左腕が足りないからキクをくれ」と星野さんに直談判したら、今度は星野さんは「そろそろキクも他球団を見たほうが将来の視野が広がるだろう」と判断したらしいんですよ。それで98年のシーズン終了直前、横浜から甲子園に移動したときにホテルの部屋に呼ばれました。

パンチ　なんて言われたの？

山田　星野さんが涙を流していたので、「どうしたんだろう？」と驚いていたら、「キク、お前には中日で井の中の蛙で終わってほしくない。広島へ行って勉強してくれ」って。

パンチ　へえ、いい話だなあ。最後まで、面倒を見てくれたんだな。カープでは結局、1年間？

山田　広島では故障に苦しんで、戦力になれませんでしたね。それで横浜(現DeNA)の打撃投手としてお世話になりました。

パンチ　それから何年間？

山田　途中で中日に戻りながら、13年間、打撃投手を務めました。

パンチ　で、打撃投手をやめて、どうしようと思ったの。星野監督は、自分が世話した選手のことは引退後も面倒を見ると聞くけど。

山田　人に頼りたくなかったんです。中日の打撃投手をやめたとき(2012年)、星野さんは楽天監督でしたしね。

パンチ　律儀だねえ。頼れば良かったのに。サラリーマンになろうとは？

山田　40過ぎまで野球界にいて、9時に出勤して夕方まで机に座っているなんて無理ですよ。実際、2カ月ほどやってみたのですが、人間関係でいろいろあって……。

パンチ　最近はプロ野球をやめて会社員になりましたって人も多いけどね。このわらび餅屋さんを始めたきっかけは？

山田　僕を応援してくれた子が、わらび餅屋をやっていたんです。中日を退団したときにお世話になった方々への挨拶回りでそのわらび餅を持参したらある社長さんが「これはおいしいから、自分でも作って売り出しなさい。ダメだったら、すぐにやめればいいから」と勧めてくれたんです。サラリーマンも2カ月くらい経験したのですがうまくいかなかったので、今度もわらび餅で勝負しようと。

パンチ　わらび餅作りは難しかったでしょう。

山田　そうですね。最初は、火の加減が難しかったです。

パンチ　作り方は、誰に教わったの。

山田　さっき言った、僕を応援してくれた子です。年下なのですが。

パンチ　じゃあ、このお店は暖簾分けみたいな？

山田　そうです。でも僕の場合は僕の名前から「喜来もち」という屋号を使っていいとなりました。

パンチ　何年くらいで独り立ちしたの。

山田　最初からです。僕にはこれしかなかったので、見切り発車でしたね。作りながら店を始めました。「おいしい」と言って買ってくださるお客さんの笑顔が励みになりましたね。

パンチ　ボクシングの輪島功一さんも同じことを言っていたよ。輪島さんもだんご屋さんを始めて、「おいしい」と言うお客さんの声がうれしかったんだって。わらび餅は、どの季節が一番売れるの？

山田　ウチの店はプロ野球の開催日ですね。バンテリンドームナゴヤが近いので。でも、最近はスーパーにも卸しているので一年中安定しています。

「喜びが久しい」ではなく「喜びが来る」店に

パンチ　ここのお店は何人でやっているの？

山田　僕とパートさん数名です。

パンチ　ご家族は。

山田　息子が3人います。僕が手術したとき、手伝ってくれました。

パンチ　手術って？

山田　糖尿病からの腎臓病だったんです。それで移植手術を受けまして。

パンチ　糖尿病なの？

山田　はい。甘いものは好きではなかったのですが、目と腎臓に来ました。腎臓は透析か移植かと決断を迫られ、妹がドナーになってくれました。

パンチ　それは大変な経験を乗り越えてきたんだね。この喜来もちの特徴は、どういうところですか。

山田　保存料が入っていないことですね。

パンチ　それは大きいね。

山田　その代わり、日持ちがしないんです。

パンチ　でもその分、安心、安全なわけでしょう。味のほうはどうですか。

山田　最高です。

パンチ　わらび粉はどこで採れているの。

山田　ウチは国産しか使っていないんです。それとレンコンから取れる蓮粉を混ぜています。

パンチ　味はどんなのがある？

山田　きな粉味と、抹茶味と、ほうじ茶味。バレンタインの時期はココア味も作りました。

パンチ　この箱が良いよね。日持ちがしない分、この箱を目の前にした人は幸せな気持ちになると思う。

山田 「喜来もち」という名前の通り、喜びが来ればいいかなと。この店の名前は自分の「喜久夫」という名前から取っているんですけど、「喜びが久しい」より「喜びが来る」ほうがいいかなと。

パンチ　このお店を始めたとき、まだ星野さんは元気だったよね？

山田　もちろんです。楽天の監督で、優勝したときにお祝いでわらび餅をお持ちしました。

パンチ　ああ、それは良かったねえ。

山田　まあ、とにかくパンチさんも召し上がってくださいよ。どうぞ。

パンチ　おっ、ちょっと(皿に)置いただけで、プルッと揺れるねえ！

山田　ありがとうございます。


パンチ (食べる)これはおいしいねえ！　すごい！　柔らかい！　口の中で溶けるね。

山田　ここで作っているんです。

パンチ 「元プロ野球選手が作っている」ということとは関係なしに、普通にうまい。ここ愛知県では、野球選手として知名度がある山田君だけど……。

山田　いや、ありがたいことに、そういうことと関係なく、普通に買いに来てくださるお客様も多いんですよ。

パンチ　へえ！　そうだろうねえ。

山田　おかげさまで、今年からバンテリンドームナゴヤのVIPルームの手土産として使ってもらえることになりました。

パンチ　ドームの中で普通に売っていないの？

山田　それはちょっと(笑)。でも、ドラゴンズの試合の日はここのお店まで寄ってくださるお客様は多いです。僕自身、このお店をやるまでわらび餅を食べるのが特に好きではなかったのですが、これはおいしいと自分でも思いましたね。

パンチ　コロナで分かったのはさ、人間、健康が一番だね。健康はお金で買えないよ。

山田　その通りですね。

パンチ　3人の息子さんたち、下はまだ学生なんでしょ。もうちょっと頑張らないとだね。ウチは一人娘がもう29歳だからいいけど(笑)。山田君の今後の夢は？

山田　小さいカフェを開いて、あと2、3の支店が開ければいいですね。もし、プロ野球を引退してわらび餅店を始めたいという人がいたら、相談に乗りたいと思っています。

パンチ　このお店は、テイクアウト専門なの？

山田　前は喫茶も併設していたのですが、コロナ以降はテイクアウトと地方発送だけにしています。だから将来、落ち着いたらおしゃれな「わらび餅カフェ」として再開させたいんですよ。良い物件があったら教えてください(笑)。

パンチ　あとはタイミングの問題だね。体調は大丈夫？

山田　今は全然大丈夫です！

パンチの取材後記

　山田君が球界を離れてサラリーマンを2カ月だけやったとき、ユニフォームを着ていたときは良くしてくれた人が、ユニフォームを脱いだ途端に態度を変えたという体験したそうです。そういう嫌な大人の一面を見たのに、すぐに切り替えてよく頑張ったと思います。裏切った人もいるけど助けてくれる人もいて、そこはやはり山田君の人柄ですね。

　東邦高校のときに甲子園で見せた笑顔。30年以上が経過して今ではおじさんですが、あの笑顔は健在でした。人柄の良さが、わらび餅の味にも出ているのかな。わらび餅の味ですか？　モサッとしたものかと想像していたのですが、もっとキラキラした味でした。若い人もおいしく感じる、一度食べたらみんながファンになる味ではないでしょうか。素敵なカフェを作るという夢まであと少しだと思うので、これからも頑張ってほしいですね。


●山田喜久夫(やまだ・きくお)
1971年7月17日、愛知県生まれ。東邦高では2年春に甲子園準優勝、3年春には同優勝。ドラフト5位で90年に中日へ入団し、92年に44試合、93年には46試合に登板するなど主に左の中継ぎとして活躍。99年に広島へ移籍し、同年限りで現役引退。通算成績は222試合登板、6勝8敗0セーブ、防御率3.76。引退後は横浜打撃投手、中日打撃投手を務め、14年からは自らわらび餅を製造・販売する専門店「喜来もち」(名古屋市東区矢田南2-7-5)を経営。喜来もちのインスタグラム(@yamadakikuo32)もご覧ください。

●パンチ佐藤(ぱんち・さとう)
本名・佐藤和弘。1964年12月3日生まれ。神奈川県出身。武相高、亜大、熊谷組を経てドラフト1位で90年オリックスに入団。94年に登録名をニックネームとして定着していた「パンチ」に変更し、その年限りで現役引退。現在はタレントとして幅広い分野で活躍中。

構成＝落合修一